2006年7月30日

良かった点は花火のみ -J1第16節 vs広島(飛田給)-

 去年の「花火の日」は、とても幸せな気分で帰途に着いた。
 前節で連敗を止めた勢いそのままに、マリノス相手に4対1の大勝。それに加えて、喫煙所から間近で眺める花火の迫力。私にとっては初の「花火の日」だったこともあり、昨年観戦してきた試合の中でも特別な思いをもつことになった。
 今年の「花火の日」もまた、特別な思いをもつことになりそうだ。残念ながら悪い意味で、だが。花火は去年と同じく綺麗で迫力満点だった。肝心の試合についてだが、特に書くべきことがない。正直言えばあまり書きたくない。今の精神状態で書いたとしても、監督批判や選手批判、そして「ガーロ辞めろ」コールに関するあれこれなど、建設的なことが何一つ書けないからだ。それだと「自分がその試合で何を感じたかを記す」という、このblogに自ら課した条件を破ることになるので、とりえあず試合終了後の「出来事」を通して感じたことを書いてみる。

 ガーロがこの時期に辞任するべきかどうか、私には判断がつかない。フロントがリスクマネージメントとして後任監督候補を探しているとは思えないし、ガーロの後任に就く者がガーロ以上に優秀かどうかの保障は誰にも出来ないからだ。ただ、ガーロが何をやりたいのか分からないサポーターが、「辞めろ」とは思わないにしてもガーロに対する自分の意思表示としてササコールや原東京コールに乗った、ということは想像に難くない(中には本気で原博実に戻ってきて欲しいと本気で願う者もいるだろうが)。
 そもそもガーロは就任当初、「40日あれば十分チーム作りができる」といった類のことを発言していた。ところが蓋を開けてみれば、その自信は一体どこから来たのかと問いたくなる出来事が頻発するようになる(規郎のサイドバック起用のち取りやめ、「マンマーク」という言葉の意味に選手と監督の間での齟齬、金沢がいないからという理由で突然3バックに切り替え、リチェーリの起用、石川や馬場のFW起用等)。「言ってることとやってることが違うじゃないか」という批判はあって当然だろう。

 今日の試合でJリーグは2週間の中断。折り返し地点に当たる次節の相手は浦和。2004年のナビスコ決勝以来、浦和から勝ち星はない。しかも次節にはワシントン、ポンテがおそらく復帰してくるだろう。そんな浦和に勝つことができれば、これ以上望むべくもない素晴らしいリスタートとなるだろう。今回の敗戦に関してガーロは「全ての責任は私にある」というコメントを発した。個人的に敗戦の責任をガーロ一人に押し付けるつもりはないけれど、「辞めろ」と言われてへこむような人ではないはずだ。彼にも意地はあるだろうから。浦和戦はいい意味で私達を見返して欲しい。

2006年7月24日

試合は、青空のようにはいかず -J1第14節 vs鹿島(松本)-

 ここのところずっと雨に降られていたことを意外にもストレスと感じていたのだろう。電車での移動中ほとんど寝てしまうのだが、雲の切れ間から見える青空を眺めるのが楽しくて、松本に着くまでずっと窓から風景を眺めて過ごしていた。松本市街では久々に夏らしい日差しを浴びて多少げんなりしたが、日陰に入るととても過ごしやすく、松本城内の休憩所で売られていた瓶のコーラを飲みながら、天主へ向かう青赤の群れを清々しい気分で眺めていた。

 さて肝心の試合だが、青空のようにスカッとした気分に浸ることは、残念ながら叶わなかった。前半、ゴール前何度かあわやのシーンを作られた点もあったが、福岡戦のように中盤を制圧されることもなく、一進一退の攻防が展開されていたように感じた。ただ、誰が誰のマークをするのかという部分はあまり改善は見られず、4点目を除く失点シーンは、まさにその隙を突かれた感が強い。
 攻撃に関しても、決定機が全く作れなかった前節に比べれば大きく改善はされた。しかしながら決定力不足という、いつもの課題については手付かずのままだ。言っても詮無いことではあるが、もしササがいたらもう少し期待できたのかな…と思った。
 選手ごとに見ていけば、殊勲者は先制点と、同点弾をあげたルーカス。あの2点目のゴールはしびれた。後は規郎の負傷退場を受けて急遽左サイドを担当した伊野波と、規郎に替わって出場した三浦文丈。いただけなかったのはやはり4失点を喫したDF陣。そしてミスが目立った川口だろう。これまで左サイドでのプレー経験がどれくらいあったのか詳しくは知らないが、彼は全盛期のジュビロに在籍していたということもあり、その経験に期待する者は多い。私もそのうちの一人だ。語弊を恐れず言えば、速さ以外ではまだまだなリチェーリと同じ次元で語られてはいけないと思う。不慣れなポジションであっても、年季の違いを見せ付けて欲しいと思う。
 最後に応援について。中心部がガーロ路線に対してアクションを起こすこと自体は否定しない。が、You'll never walk aloneを遮ってまでやることはないだろうと思った。ダンマクを掲げ、ガーロ紹介の際にブーイングを飛ばせば事は足りるし、おそらく抗議の表明として歌われていると思われる信男の歌についても、何故その歌なのかが私にはよく分からない。「スタメンで使え」という、コールリーダーの個人的感情なのかもしれないが、それを優先させてコールを先導しておきながら、メディアなどで「俺らの意見がゴール裏の総意というわけではない」と発言するのは、これも語弊を恐れず言えば、卑怯な物言いに感じる。太鼓を持ち出すからには、持ち出すことによって生じる「責任」から決して逃れることはできないと思う。
 次節はセレッソ戦。相手の状態を考えれば、勝ち以外には有り得ない。いい試合ではなく、勝つ試合を見せて欲しい。

 試合は残念な結果に終わったけれど、帰ってきて思い返してみれば、何かと楽しい旅だった。専用スタジアムはやはり素晴らしい。アウェイ浦和戦は参戦予定だが、時間と金が許せば日本平とヤマハスタジアムにも是非足を運びたい。

2006年7月20日

不安な再開 -J1第13節 vs福岡(博多の森)-

 福岡の決定力不足に助けられて勝ち点1を獲得できた非常に幸運な再開初戦。テレビ観戦だったが、そんな感想を持った。ピッチコンディションうんぬんは相手も同条件だし、「決定機」で言えば東京を圧倒していたのだから、単なる言い訳にしか過ぎないだろう。それにしても、中断期間前によく見た、中盤のボール争いにことごとく負けて相手に試合のペースを握られてしまう、言ってみれば負けパターンが繰り返されたのは一体何故なのだろう。中断期間は一体何だったのだろうかと言いたくなった。

 やはり再開後も「我慢」しなければならないようだ。そうなると今節の結果は「負けなかったからよし」と考えるのが妥当なのだろう。次節の鹿島相手に勝てるどころか引き分けられるような気が全くしない内容ではあったが…。

続きを読む "不安な再開 -J1第13節 vs福岡(博多の森)-"

2006年7月17日

ササ、アルゼンチンへ。

ササ「戻ってくる」 アルゼンチン・ニューウェルズへレンタル移籍

リップサービスかもしれないけれど、是非とも戻ってきて欲しい。

東京のリーグ戦再開が間近に迫っているけれど、明るいニュースがないこともあって前向きな考えよりも後ろ向きな考えの方がどうしても先行してしまう。以前私は「我慢」の先に何が見える?というエントリーでガーロの方針に対する疑問点を色々と書いたが、果たしてそれらは解消されるのだろうか。それとも8月以降も「我慢」しなければならないのだろうか。そればかりは始まってみなければ分からないし、中断前とは見違えるようなチームへ生まれ変わっていれば、私は自身の不明をひたすらに恥じる。だが、「結果」が出ているからといって監督しての手腕が未知数の指揮官を続投させ、ワールドカップで無残にも敗れ去ったチームがあることもよく知っている。その「過ち」が東京で再び起こってしまうことだけは御免である。

2006年7月13日

引退と頭突き

 決勝トーナメントを毎日観戦し、空いた時間は「カルチョビット」で遊んでいたので、ここで文章を書くのもすっかりご無沙汰になってしまった。前回のエントリーから今日までの間に色んなことが起こったけれど、その中で気になったことを2つばかり書いてみたい。

 中田英寿の引退を知ったのは「2ちゃんねる」での書きこみだった。その日はFC東京と東京ヤクルトスワローズの提携が発表された、国内サッカー板の東京スレではスワローズスレ住人との交流が行われていた。もうすぐ22時になろうかという頃に更新ボタンを押したら、それまで1回の更新に5、6件だった新着レスの数が突然20を超えた。その内容は「中田現役引退」。慌ててテレビを付けたら、報道ステーションで早速特集が組まれていた。
 中田のプレーを生で見たことがなかった私は、「日本代表としてのヒデではなく、いつかJのクラブに所属したヒデを、敬意と敵意入り混じったブーイングで迎える」ことを楽しみにしていたのだが、その願いが叶わないことに関しては残念としか言いようがない。けれど、自らの引き際をどこに置くかというのは価値観の問題なので、29歳での引退を「早すぎる」と嘆いたところで、中田英寿自身が「これ以上は無理」と判断してしまったらのだから、我々はそれを受け入れるしかない。引き際を巡る悲喜交々も、見方によってはスポーツを彩る「イベント」である、という言い方もできるだろう。

 さて、ドイツワールドカップを自らの引き際と公言したジネディーヌ・ジダン。開幕前に、有終の美がワールドカップの決勝になることを予測できた人はほとんどいないだろうし、決勝の舞台で退場することを予測できた人は皆無だろう。マテラッツィがジダンに何を言ったのかについて、興味がないと言ったら嘘になるけれど、あまり関心を持てないのが正直なところだ。どのような言葉を言ったにせよ、ピッチ上での暴力を肯定することなどできないからだ。映像で頭突きの瞬間は確認できたけれど、主審・線審ともにその瞬間を目撃していなかったわけだから、お咎めなしとなる可能性だってあった。個人的にはそっちの方がよっぽど問題だと思う。ワールドカップ決勝という舞台で、「審判が見ていなければ何をしてもいい」ということが肯定されることになるのだから。
 これまでジダンは数々のプレーで世界中にサッカーファンを魅了してきたし、時代を超えた選手として記憶されることは論を待たない。だから頭突きをしたからと言って、彼の輝かしいキャリアが貶めることにはならない。伝説のプレーヤーには有名な逸話が付きものだが(マラドーナと「神の手」等)、何十年か後にとあるサッカー好きがジダンを語る時、色んな逸話を一通り語った後の締めくくりとして、あの頭突きは語り継がれていくのではないかと思う。