どんな「色」を塗りたいのか -J1第7節 vs横浜FC(飛田給)-
この日は飛田給で観戦した後、三鷹のスポーツバーで浦和vs川崎を後半から、その後甲府vs柏を観戦した。該当するクラブのサポーターでない者がこの3試合を観戦したら、きっと最後の甲府vs柏戦が一番面白かったのではないかと思う。飛田給からの帰りにこの店を訪れたサポーターの間でも、一言目には「面白い!」という感想が漏れ、二言目には「何でウチもこういうサッカーが出来ないんだろう」と愚痴がこぼれていた。数時間前に東京がホーム・飛田給で初勝利したにも関わらず、である。
自分の愛するクラブが試合で勝利すること、それがサポーターにとって「いいサッカー」であることの大前提で、それを踏まえた上でこの勝利が「次の勝利」に繋がるかどうか思いをめぐらせ、人によっては不安を感じたり、ポジティブになったり、皮肉めいた物言いになったりするのだろう。
飛田給からそのまま真っ直ぐ家に帰れば、たいしたサッカー知識もない私は「勝利」という結果に満足して愉快な気持ちのままいられたのだろう。だが、その後に観戦した二試合のおかげで、勝利の余韻を楽しめなくなった。サイド攻撃と言えば「スピード」という先入観が強い中「遅攻によるサイド攻撃」を浦和相手に展開していた川崎、献身的な運動量で個人技の差を組織で埋めようとする甲府、「王様」に対する絶対的な信頼感と走ることをベースにし、一人少なくなってもその影響を全く感じさせずに力尽きた柏。「色」がはっきりしているのだ。
昨年のワールドカップ、暇なのをいいことに40試合以上をテレビで観戦していて、どのチームにも「こうやって勝つ」「こうやって守る」という共通認識みたいなものを感じ取ることができた。その共通認識を「色」と表現したが、「色」のないチームもあった。我らが日本代表だ。それ以来、「色」のないチームに対する恐怖感を感じるようになった。若きブラジル人が東京を率いた2006年の前半戦、私の目には彼がどんな「色」を付けようとしているのか見えず、自分から見ようともしなかった。だから今年は自分なりに理解しようと努めているのだが、はっきりしない。特に攻撃面において。福西とワンチョペが持つ「色」を全体に浸透させたいのか、それとも彼らを指揮官好みの「色」に染め上げようとしているのか。どちらの色も共存させようとしているのか。
そもそもこのクラブが持っていた「色」は何だったのか、私は最近それすらも分からなくなっている。翌日サテライトを初観戦し、小山泰志のプレーに心を躍らせた一方で、相手を問わずチームとしてどんなサッカーを展開していきたいのか、という戦略みたいなものは感じ取れなかった。尤も、対戦相手も構成メンバーも全く異なる2つの試合で共通するテーマがあるのかどうか、議題設定の時点で無茶なのは百も承知だが、控え選手と主力選手が相手に囚われない基礎的なサッカー観を共有することは、チームにとってマイナスにならないはずだ。
次節は神戸戦。衆目を集めるのはやはり代表候補に選出された近藤祐介の存在だろう。果たしてレンタル元を相手にどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。東京サポーターが願う理想の展開はアントニオ猪木が提唱した「風車の理論」で説明できるだろう。「風車の理論」とは「相手の力を限界以上に引き出した上で、自分がさらにその上の力を出して相手を倒す」ことでプロレスファンにはお馴染みだ。祐介は代表に選出されてもおかしくないくらいのパフォーマンスを見せるが勝つのは東京。ただそんな展開にはならないような気がする。


