2007年12月31日

ベストゴール&ベストパフォーマンスはアウェイ大宮戦の福西 -2007年FC東京総まとめ-

昨日は親交がある東京サポーターの方々と国立にて三鷹vs高知中央戦を観戦、雨が落ちてきて霙まで降ってきた時には、雨天時の準備を全くしてこなかった自分を心底呪ったものだが、後半以降からは晴天に恵まれ、56大会ぶりとなる都立高校勝利の瞬間を目撃し、終わってみれば非常に楽しい観戦だった。

その後は今年の東京を振り返りながらの忘年会となったが、「今年は色々と辛い一年だった」という認識は出席者全員の一致するところだった。原博実の復帰、福西・ワンチョペの加入と、躍進が期待されてスタートしたこの1年は、結果として失望が多く残るところとなった。「攻撃サッカー」の正体が、特定の個人の出来不出来によってチームの勝敗と直結する、行き当たりばったりの博打サッカーだったことが露呈し、ストライカーとして大いに期待されたカリブの怪人はテンポの速い日本のサッカーに対応できず、怪我が元で半年で日本を去ってしまった。後半戦は原博実辞任、土肥・福西の退団と、それによって生じたフロント不信が先行し、東京の試合に集中することが難しくなってしまった。

忘年会の席上ではベストゴールは何だろうという話になった。その際私は表題のゴールとその後のパフォーマンスを挙げた。エンブレムを掴んでアピールするなんて、私の想像する福西ならまずやらないようなパフォーマンスだったので、やたら印象に残った。別の方が挙げていたアウェイ名古屋戦の金沢・今野による崩しで生まれたルーカスゴールも印象に残った。ゴラッソ系では規郎と梶山が分け合う形となった。年に5回くらい決めてくれれば、きっと脅威になるだろう。
今年のベストゲームはベストゴール以上に難しい。ある方はホーム千葉戦と仰っていたのだが、私はアウェイ鹿島戦(リーグ戦初となるカシマスタジアムでの勝利)、ナビスコ予選最終節のFC横浜戦(赤嶺ゴールに大興奮、そしてタナボタでの本戦出場決定)、ナビスコ準々決勝1stレグのアウェイ・マリノス戦(三ツ沢の雰囲気が大変良かった)、といったところだろうか。これらは公式サイトの試合結果を眺めながら選定したので、何とか捻り出して決定した感が否めない。来年は「これがベストゲームだ!」と即座に挙がるような試合が多くなることを願いたい。

最後に来年のことを少し。来季の陣容がはっきりしない段階ではあるが、今野はどうやら来年も我々と共に戦ってくれるようで、個人的には非常に嬉しいし感謝の気持ちでいっぱいである。その一方で心配しているのは、他の選手達が今年以上に今野への依存度を高めてしまうのではないか、という点だ。チームの「核」となる選手はどんなクラブにも存在するが、「核」の選手は決して「万能な選手」という意味ではない。試合において個人個人がチャレンジすることへのリスクに怯え、「困ったらあいつに任せればいい」といった空気が蔓延するようでは、優勝はおろかJ1に留まることすら難しいだろう。新監督には、特定の個人へ過剰な依存をしない組織サッカーの構築を期待しているのだが、個人としての責任感が欠如しているプレイヤーには厳しくあたって欲しいものだ。そしてフロントは、「安堵」なんかしてないで、新監督が望むタイプの選手をどんどんリストアップし、予算が許す限り最大限の努力をして頂きたい。そしてサポーターたる我々も、今野の心意気を裏切ることのないよう、選手達を後押ししていかなければならない。

2008年、スポーツに関わる全ての人が笑顔溢れる1年となることをお祈りし、今年最後の更新とさせて頂きます。来年も宜しくお願いいたします。

最後になりましたが、イビチャ・オシム氏の一日でも早いご全快を心からお祈り申し上げます。

2007年12月27日

ACLの価値とクラブ間格差について -2007年備忘録 その4-

2007年、各クラブのサポーターに突きつけられた命題には二つあると考える。
ひとつは「ベストメンバー規定の是非」。この件に対する私の見解は以前述べたので繰り返さない。
もう一つは、「ACL決勝を戦う浦和を応援するべきかどうか」である。この件に関して、東京サポーターのブログ記事を色々読んだのだが、その立ち位置は各人でばらばらだった。Jリーグ代表として頑張れという方、セパハンを応援する方、積極的に応援しないまでも、ACLを日本のクラブが制すること自体には価値があると考える方、等など。私もこの件に関して何か書こうと思ったのだが、結局まとまらなかった。
埼玉で行われた準決勝第二戦では長谷部の同点ゴールに思わずガッツポーズをしてしまった。一方、三鷹の某店で観戦したセパハンとの決勝第二戦は、決勝の結果そのものよりも、決勝(とその結果)を肴にしての東京話がメインだったので、「凄いな」「羨ましいな」「悔しいな」「不甲斐ないな」「いつかは自分達も・・・」等思うことはあっても、素直に「おめでとう」とか「感動した!」とかいった感慨は沸いてこなかった。

浦和のACL制覇により、かつて「罰ゲーム」と揶揄されたこの大会の価値は「Jリーグ制覇」より価値のあるものとして広く認知された。それによって、Jリーグの「格差」は間違いなく拡大する。「チャンピオンズリーグで戦えること」が移籍先を選ぶ際の重要なファクターとなっている欧州リーグのように、Jリーグにおいても年を経るごとに「ACLで戦えること」が移籍する際に大きな魅力として認識されるようになるだろう。有望な選手であればあるほど、ACLの舞台は魅力に感じることだろう。結果としてACLに毎年出場できる実力を持ったクラブに優秀な選手が集まり、そうでないクラブの「差」は拡大し、階層は固定化される。それが良いことなのか悪いことなのか一概には言えないが、フットボールネイションでは当たり前の構図であるとも言える。

現在のJリーグで「ビッグクラブ」と言えるのは浦和レッズのみだと言っても過言ではないだろう(「ビッグクラブ」たりえるポテンシャルを持ったクラブはいくつかあると思うが)。そんな浦和に勝るとも劣らないクラブがどれだけ誕生するかでJリーグそのものの方向性は大きく変化するだろう。個人的には東京がそんなクラブになって欲しいのだが・・・。

2007年12月15日

「勝利」か「大記録」か - 2007年備忘録その3 -

昨年と比較して、プロ野球を観戦する機会が激減した。どれくらい減ったかというと、無料招待券を手に入れた友人の恩恵に与かる形で観戦したベイスターズ対タイガーズ戦と、田中幸雄の引退セレモニーが行われた東京ドームでのファイターズ対イーグルス戦だけで、ホークス戦ですら一試合も観戦していない。テレビ観戦の機会も減少の一途をたどっている。先日行われた北京五輪予選の韓国戦も観戦していない。ダルビッシュと鳴瀬成瀬の投げ合いも見てない。そして今回取り上げる日本シリーズについても、観戦していたわけではない。

鹿児島に住むファイターズファンの友人から、「完全試合とかありえない」というメールを受け取ったのが事の発端である。事前にドラゴンズが日本一に王手をかけていたのは知っていたので、あの大舞台で完全試合を達成するなんて凄いな、と思いつつネットで試合経過をチェックしたら、中日のピッチャー欄には先発である山井と、岩瀬の文字。二人併せて完全試合だったのだなと、その時は軽く考えていた(私はプレーオフ制度に反対の姿勢を貫いているので、リーグ2位のチームが出場する日本シリーズにはさほど関心を持てないのだ)。ところが、世間は大騒ぎしていた。日本シリーズでの完全試合まであと3人となった9回、落合博満が下した投手交代という決断に対して、賛否両論真っ二つに分かれた。
私も前述の友人と酒を飲む機会があった際、この話題で盛り上がった。私は落合支持、友人は不支持。「前人未到の大記録が達成できたかどうかは分からないが、あの時はファンの多くが山井の完全試合を期待していたのだから、落合の采配には納得いかないし」と主張する友人に対し、「監督の仕事はチームを勝利に導くことが大前提であるし、勝負は何が起こるかわからないのだから、万全を期すため岩瀬にスイッチしたのは妥当な判断だ」と言い返す私。ただ、私はこの試合を観戦していないので、一回から視聴していれば「おいおい、山井が完全試合やっちゃうかもしれんぞ!おお、あと3人だ、頑張れ山い・・・あれ?岩瀬?落合ふざけんなよ!山井に大記録達成のチャンスを与えてやれよ!」なんて叫んでいたかもしれない。

この議論はどちらが正しい・間違っているという話にはならないが、熱狂的なドラゴンズファンが「53年振りの日本一」と「山井の完全試合」、どちらを求めていたのかである種の線引きはできるだろう。落合は監督の立場から前者を達成するべく後者の可能性を捨てたわけだが、その判断がドラゴンズファンの間で許容されているのなら、それで構わない。完全試合達成に過剰な期待を寄せたのは、日本シリーズに参加できなかった球団のファンが圧倒的だったのだろうから。

【蛇足】
ちなみにプレーオフについても前述の彼とは意見が食い違う。「プロ野球選手がワンプレーワンプレーにあれほど真剣な姿を見せる機会はそうそうないし、何より短期決戦であるが故にファンが盛り上がり注目を浴びる」と考える彼に対して、「140試合以上を戦い抜いたことでつかんだリーグ1位の座が、たった5試合で覆るのでは何のためのリーグ戦なのか」と憤慨しながら突っかかる私。落とし所はいつも「2位までに出場権を与える」なのだが、個人的にはプロ野球の体制が「2リーグ4ディビジョン16チーム以上」にならない限り、プレーオフ制度を導入する意味がないと考える。また、「リーグ一位をリーグ優勝チームとする」規定は、今年のセリーグにおいて全く効力を発揮しないことが証明されるに至り、ますますクライマックスシリーズの理不尽さが明確になった。

【追記】
「鳴瀬」は「成瀬」に訂正致します。ご指摘下さったSAGISAWA様、ありがとうございます。

2007年12月11日

クラブミーティングで私が質問したいこと

備忘録シリーズの3回目を執筆しようかとも思ったが、今回はクラブミーティングについて少しだけ言及する。
5年以上のSOCIOに参加権があるクラブミーティング。私が参加するにはあと2年SOCIOを継続しなくてはならないため、今回はこのblogで私が聞きたいことを書き記すことしかできない。誰か酔狂な方が私に代わってフロントへ意見を述べていただけたら幸いだ。

以前メッセージボードにおいても言及がありましたが、ゴール裏中央部に掲示されるベロの旗に関してご質問がございます。FC東京試合管理規定や観戦マナーにおいて、故意的な座席の確保・または場所取りは禁じられています。にも関わらずゴール裏中央部には座席を利用してフラッグが掲示されております。もし、クラブがあのような形でのフラッグ掲示を黙認しておられるのであれば、混雑時の席つめなどを来場者に呼びかける際、説得力は薄れるでしょうし、何よりもある種の「治外法権」を持った人物がFC東京というクラブには存在する、と受け取られる恐れがあります。試合管理規定とベロ旗との整合性について、お答えいただければと存じます。

メッセージボードに投稿した際には満足な回答が得られなかったので、もし参加権があり発言が許されるなら直接意見をぶつけてみたかった事柄である。
ちなみに対案としては「ベロの旗を掲示したいならば、横断幕掲示が許可されたエリアで掲示してもらう」、もしくは「あの場所を「クラブエンブレム設置エリア」と規定し、掲示から撤去までを一括してクラブ側が管理してオフィシャルのエンブレム旗を掲示する」等を考えているがいかがだろうか。

2007年12月 8日

「亀田家」の戦略的失敗 -2007年備忘録 その2-

「2007年、サッカー以外のスポーツで私の心に残ったことを書く」ことを主題として始めたこのシリーズ。前回は自分中で未だに整理の付いていないことを取り上げたが、今回は自分の中でひと段落ついた出来事について触れてみたいと思う。

昨年の8月までは「新世代のヒーロー」として祭り上げられていたことが冗談かと思えるほどに、自らの商品価値を大暴落させた亀田一家。昨年10月に行われた次男・大毅の世界初挑戦は、亀田家の実力が張子の虎だったことを自らの暴挙で明るみになってしまった点、過剰な期待が失望へとひっくり返る瞬間を目撃できたという点と、ボクシングファンからその実力を認められてきた内藤大助の知名度が一気に全国区へ広がったという点において、価値のある試合だったと思う。その後の報道は「バックラッシュ」と分析することも可能だろうか、私は亀田一家の戦略的失敗が招いた事態だと思っている。それは、実力の劣るボクサーばかりをマッチメイクして、仮初の「無敗ボクサー」を作り上げようとしていた点だ。
亀田家にとっての「強いボクサー像」とは「無敗であること」が何よりも優先されるようだ。アマチュアである三男ですら「無敗」を維持するためにありとあらゆる手を尽くして再試合を行おうとしていることから、それは容易に推測できる。だが「内容のない無敗」には価値はないのだ。「強いボクサー」と認められたいのならば、自分以外の「強いボクサー」と対戦し勝利を収めるしかないのである。例えばWBCフライ級チャンピオン・内藤大助はキャリアにおいて2度敗れているが、内藤に黒星を付けた相手は2度ともポンサクレック・ウォンジョンカム。そんな相手を破って世界フライ級チャンピオンになったからこそ、誰しもが「強い」と認めるのだ(ちなみに日本人相手には未だ無敗を誇っている)。WBAのベルトを巻いている坂田健史についても、初戴冠こそチャンピオンの計量オーバーによる恩恵が大きかったが、初防衛戦でロベルト・バスケス相手に完勝したことで評価を上げた。一方、亀田家所属のボクサーには自らの強さを証明する「名勝負」がなく、目立つのはパフォーマンスばかり。もし完膚なきまでに敗れた時に世間がどう反応するのか、本当に推測できなかったのだろうか。K-1出現以降、「疑わしきは八百長」と糾弾される雰囲気が年々強くなっていく様子を、スタッフは誰一人として感じ取れなかったのだろうか。そうであるなら無知としか言いようがない。

これから先、長男や次男がどのようなメディア展開を行うかには興味はないが、長男が2階級上げてホルヘ・アルセと対戦するか、1階級上げて因縁浅からぬ名城信男と対戦するならば、それは見てみたい気がする。有り得ない話なのは百も承知なのだが・・・。

2007年12月 6日

最終戦のこと、人事のこと

甲府戦についての感想を書こうと思ったのだが、前半はただただ甲府の展開するサッカーに圧倒された挙句、「塩田に「神」が宿ったから勝てた」「信男さんが流れを変えてくれたから勝てた」としか書きようがない自分の筆力のなさに呆れるばかりだ。その信男さんが今季を以って東京を去るというのだから、何か書こうという気が失せてしまった。今の私に言えることは、「ちよだ」のほうとうが大変美味だったこととだけだ。2007年のリーグ最終戦をこのような文章で締めるのは、何とも締まりのない話である。

信男さんは私にとって特別思い入れのある選手だったというわけではない。ただ、去り行く人の話と去り行きそうな人の話ばかりが報道され、来る人についての情報が全くと言っていいほど出てこない現状に、「果たして来季の東京は大丈夫なのだろうか」という漠然とした不安感が日に日に増している。厳冬更改に不満続出という報道を目にした時には「今年のあの成績で何が給料アップだ!」と憤りを露にした後で、不安がいよいよ絶望へと変わりそうな時期に入りつつある。私が物事をネガティブに捉えすぎているだけだと思いたい。

天皇杯について書くかは未定だが、12月は「2007年備忘録」シリーズを継続して書きたい。2回目はボクシング、というより「亀田フィーバー」を通して私が感じたこと、考えたことを書く予定。