2009年2月28日

ジョリ姐さんの迫真の演技を見に行こう - 『チェンジリング』 -

アンジェリーナ・ジョリーを、敬意を以って「ジョリ姐」と呼ぶ人たちからすれば「虐められるジョリ姐なんて、ジョリ姐じゃない!!」と発狂すること必至な本作品である。
とにかくジョリ姐扮するクリスティ・コリンズを襲う「理不尽さ」が半端ではないのだ。「私の人生そのもの」とまで言い切る息子が行方不明になり、帰ってきたかと思えば全くの別人で、「息子ではない」と警察に訴えれば「あなたは気が動転しているだけ」とか「精神的におかしくなっている」だとか言われたい放題、挙句の果ては精神病院にぶち込まれ、危うく「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソン状態にさせられる。そこから先の展開はある意味ネタバレになるので詳細は差し控えるが、ジョリ姐の迫真の演技は今年度のアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたことだけはあって、1800円を払うだけの価値は十分にある。

ところで、クリント・イーストウッド監督作品を見るのが今作品で初めて、という方には是非とも「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」「硫黄島2部作」等を前もってご覧になることをお勧めしたい。というのも、私が鑑賞した上映2日目の吉祥寺バウスシアターでは、イーストウッド作品をよく知らずにこの映画を見に来たであろうカップルが多く、その映画終了後微妙な顔をしていたのが非常に印象的だったからだ。予習が面倒臭いという方には、デートムービーとしてこの映画を選択するのは全くお勧めできないと申し上げておきたい。どちらも映画好き、というなら話は別だが。

2009年2月24日

東京のゴール裏についての個人的な総括

今年から席種をG2に変更したので、いわゆる「ゴール裏」で応援する回数は大きく減ると思われる。これを機に、2005年から4年間ゴール裏にいた私が応援について考えたことをまとめておきたい。

「90分間飛び跳ねて荒れ狂う東京ゴール裏などといったものは存在しない。当意即妙なコールでスタジアムを盛り上げる東京ゴール裏が存在しないようにね」

出来の悪いパロディで恐縮だが、4年間ホーム自由(旧・G1)SOCIOとして応援してきた率直な感想である。そして現状の応援形式を続けていく限り、将来的にスタジアム全体をひとつにまとまる瞬間は「選手コール」と「ユルネバ」、得点後の瞬間だけになるだろう。なぜこの3つだけになるのかと言えば、どのような声をかければいいかがゴール裏以外の観戦者に分かりやすいからだ。選手コールはそのまま選手の名前を叫べばいい。一見さんがビジョンの歌詞を見てユルネバを歌えるとは思わないが、「こういう歌詞なんだ」と知らしめるのには一定の効果がある。3つ目は言わずもがなだろう。それ以外の全ての応援歌は、スタジアムにおいて多くの人に内容を理解してもらい、歌ってもらうための努力を全くといっていいほど行っていない。

コールを切っているのがサポーターグループなのか個人の集まりなのか、露天商の店長なのか存じ上げないが、自分たちのやり方でスタジアムを盛り上げたいと思っているのか非常に疑わしい。例えば2008年もいろんな新曲が生まれたが、その扱いひとつとっても浸透させるための対策を講じているようには思えない。アウェイで「新曲作ったので広めましょうと」お披露目するのはいいが、それと同じことをなぜホームでしないのか。アウェイでのお披露目一度きりで普及すると本気で思っているのなら、即刻考えを改めて頂きたい。というのも、手前味噌で恐縮だが、梶山の応援歌の元ネタは「Rule Britannia」と書いた記事には非常に多くのアクセスを頂き、この記事を前後して明らかに音程が変わった(ように思ったのだが、私だけだろうか)。要するに「ゴール裏が何をしているのか知りたいが、知る手段がほとんどない」という状態なのだ。

じゃあお前は何か案持ってるのか?という声もあるだろうから、改善案を以下に示す。

応援歌の歌詞を知っていて、かつ声を出し手拍子をする個人が現状どこに集まっているかを示したのが上記右の赤い部分である。これだと当然端の方との温度差が出るし、知ってる人は知ってる、知らない人は知らない人で格差が出来てしまい、結果的にスタジアムの雰囲気は悪くなる。その温度差を少しでも縮めるための案が上記右の図である。左図の赤いエリアで毎試合応援している人間が、横に薄く広がって、応援するのだ。
私は50、51エリアで主に一人で歌って手拍子していたのだが、周りのサポーターがつられて歌ったり手拍子をしてくれる、という経験が何度もあった。「周りは気にするな」と言っても気にするのが日本人、と話を大きくするわけではないがそういう人は意外と多いので、少しでも声を出しやすい雰囲気を作るための「薄く広く作戦」である。

後はメリハリだろうか。試合開始から同じ歌を10分も15分も歌い続けるのは、よっぽどの時だけにして、同じ歌は4~5分で切り上げるべきだと思う。新曲の歌詞を積極的に広める気がないのならば、新曲選手コールを主体にして複雑な歌詞が出てこないものが望ましい(例えば「smoke on the water」みたいな感じのもの)。畑違いだが、千葉ロッテマリーンズの応援が短期間であれほど広まったのは、耳に馴染みやすいメロディを選ぶ選曲のセンスと、選手コール及び「千葉ロッテ」「マリンズ」「オーオーオー」を覚えれば参加しやすいのだ。歌詞に思想を込めたい気持ちは痛いほど分かるのだが、歌詞を複雑にすればするほど普及は難しくなるのだが、それを「俺達のやり方についてこれる奴らだけついて来て」と言って押し通すのなら、座席を占拠して掲載しているベロの旗を、横断幕掲載可能エリアへ即刻移動していただきたい。中心に居座るなら、居座るれるだけの何か・・・と書くと、以前の議論と同じになるのでここで強引に終了。

差し当たり、ここ数年東京の試合をゴール裏中心部(もしくはその近辺)のみで観戦しているような方がいらっしゃったら、是非ともゴール裏以外の場所で観戦することをお勧めする。ゴール裏にこだわりたいなら、バックスタンドやメインスタンドに程近い場所でもいい。「最初の2、3回は付き合うサポーター」「手拍子だけは付き合うサポーター」「東京が優勢になると参加するサポーター」「何を歌っているのか分からず戸惑っているサポーター」「そもそも応援に興味がないサポーター」等など様々なサポーターがいるのが分かるし、現在の東京ゴール裏を客観的に眺めることで何か発見できるはずだ。その上で、スタジアムを盛り上げるために何が出来るかを考えれて行動に移せれば、きっと素敵な味スタが生まれるはずだ。
ちなみに自分がG2へと移動した理由はいろいろあるのだが、「フットボールをもっとよく知るために、ピッチを俯瞰できる場所で試合を見たいから」というのも大きい。フットボールの「理の体系(©夢枕獏『東天の獅子』」を積み上げることが、よりよい応援に繋がるはずだ(と言っても今年の観戦記の内容が変わることはないだろうが・・・)。「それならどうしてSB指定やSSにしなかったのだ?」という声に対しては・・・SOCIO11年目を迎えるまでお待ち下さい、と申し上げておくにとどめる。

2009年2月22日

グアム報告会、水戸との練習試合、ドロンパin三鷹 - シーズンオフの青赤イベント-

シーズンオフなのをいいことに書評と映画評に力を入れ、東京はおろかサッカーに関する記事を一本も書かずにここまできたが、金曜日(2月20日)に年間チケットが配送されるに至り、弊blogも「東京モード」へとシフトしていかなければならない。まずは手始めに柏戦敗退から昨日までで私が参加・見学した東京関連の出来事をざっと記してみたい。

【グアムキャンプ飲み in Livre(2月1日)】
グアムキャンプを見学されたfct-fanさんNFBDさんによる報告会がLIVREで開催されるというので参加。撮影されたビデオ、写真、お二人のトークにお宝グッズ抽選会と内容盛りだくさんで非常に楽しかった。ご挨拶&お話させて頂いたのは、SOUさん「うまねんblog」murataさん。スタジアムでお会いした時にはよろしくお願いいたします。

【練習試合 vs水戸ホーリーホック(2月7日)】
キャンプやPSMの都合上、「この日を逃せば、東京都内で試合が見られるのは開幕戦のみ」という状況。集まった青赤同志なんと約1300人(主催者発表)。急遽見学スペースではない通路部分まで一般開放する事態となった。
感想は多くの人が書かれているとおり、「昨年よりも遅攻の意識が高い」「米本イイ!!」の2点。前者については、都城キャンプで経過良好の声が聞こえてくるので期待したい。後者については先日の甲府戦で初得点を挙げたようで何よりである。インフルエンザに見舞われてこの試合には欠場したが、同じく甲府戦で初得点を挙げた高卒新人・田邉草民共々楽しみである。試合後は柏戦でご一緒させていただいたこちらの方と、上に挙げたようなことをお話して別れる。多摩湖自転車道を往復するのは寒かったけどいい運動になった。

【東京ドロンパ in 三鷹TIFOSI(2月15日)】
ネット上での全裸イラストと「マスコットがいないところが東京らしい」という信仰と相まって散々なデビューとなったマスコット・東京ドロンパだったが、新体制発表での写真、1月23日放映の「FC東京ホットライン」で動く姿が披露されて以来、その評価は完全に裏返ったと言ってもいいだろう。そんなドロンパが三鷹にやってくるというので、自転車を2、3分ばかり漕いでTIFOSIへ。私が到着した時にはすでにドロンパが愛想を振りまいていた。3、40人くらいは集まっていたように思う。
マスコットの強みをまざまざと見せ付けられたのは、小さい子供たちへの受けが非常によいという点。フロントがマスコットの作成に拘ったのは、こういう効果を期待してのことだったのかもしれない。ちなみに私のドロンパ評であるが、「2004年のナビスコを見てファンに」という設定が全く私と同じなので、否定する要素は全くない。
TIFOSI前では、新宿にも行ったというfct-fanさんにご紹介頂き、「シュートは撃たなきゃ入らない!」vamos_tokyo11さんとご挨拶。髭ボーボーでお見苦しい顔をお見せしてしまい申し訳ありません、と帰宅後の自分の面を見て反省した次第です。スタジアム等でお会いした際はよろしくお願いいたします。
ちなみに「ドロンパ」と聞いてどうしても「アメリカ生まれのオバケ」を最初に連想してしまう私だが、Wikipedia「オバケのQ太郎」項、安藤健二『封印作品の謎 2』等に目を通せば、何故フロントが「ドロンパ」と名付けたのかが分かったりもする(それ自体は非常に悲しいことではあるのだが・・・)。

今年から年間チケットの席種をG2に変更したので、4年間ゴール裏にいた経験から応援についての考えをまとめようと思ったのだが・・・予想以上の分量になったので、別エントリーにて。

2009年2月 7日

カルチョの国を知るための入門書 - 小川光生『サッカーとイタリア人』(光文社新書) -

「イタリアサッカーにおける因縁マッチの説明と、それに関わるイタリア人の言葉を収録した本」。本書を強引にまとめればこんな感じになる。「三度のメシよりカルチョ(イタリアのサッカー)好き」といった方々が本書を読んでも歯ごたえがないのかもしれない。世界を震撼させた「八百長騒動」についても、「あの出来事があって・・・だった、でも・・・」といった程度にしか言及がないので、その辺りの話が読みたい人にとっては物足りないだろう。だが、ジェノアとサンプドリアのどちらが「先輩」なのか、すぐに出てこなかった程度の知識しかない私のようなサッカー好きには適した1冊だ。この本のおかげで「メッシーナ」と「レッジーナ」の地理的な場所を間違えることはなくなりそうだ。

個人的に好きだったエピソードは、エラス・ヴェローナとキエーヴォ・ヴェローナの「ロバ」にまつわる因縁について。ティム・パークスのおかげでエラスについてはある程度知識があったが、キエーヴォについてはほとんど知識がなかったので、面白く読むことができた。

2009年2月 3日

「死」へ向かう姿を淡々と・・・ - 『チェ 39歳 別れの手紙』 -

2009年映画評の2本目はスティーブン・ソダーバーグによるチェ・ゲバラ2部作の第2部。前半の記憶が鮮明なうちに見たいと思っていたが、バウスシアターの上演初日である31日に空いた時間ができたので鑑賞。第1部のラストが「キューバ革命達成」という、最高のクライマックスだとするならば、第2部は「死」というアンチクライマックスで映画が終わる。

「祖国か死か。革命的情熱をもって君を抱擁する。」の一説で有名な「別れの手紙」をフィデル・カストロが読み上げるシーンから、この映画が始まる。キューバを去ったチェは、変装してボリビアに渡る。軍事政権によって苦しむ農民達を救うためだ。ところが、キューバにおいて民衆の支持を得たのと対照的にまったく支持を得られない。ボリビア共産党はチェの武装闘争路線に異を唱えて支援をやめ、農民達はチェを「外国人」ということで全く信用しない。チェを慕ってゲリラに参加したボリビア人も、かつての同志と違って堪え性がなく「腹が減った」だの「疲れた」だのと不満続出。それでも何とかゲリラ部隊としての体制を整えようとするチェに襲い掛かるのは、アメリカ政府の支援を得て訓練を重ね、「対ゲリラ特別部隊」の様相を呈するボリビア軍。徐々に追い詰められていくチェを、過剰なBGMや煽り演出なしにただ淡々と描写していくのだが、ソダーバーグお得意の手ぶれカメラ演出で、戦闘の臨場感は凄い(人によっては酔うかもしれない)。エンドロールに一切BGMが流れない点も「死」を意識した演出なのだろう。

『28歳の革命』の際にも書いたが、「この映画のみでチェ・ゲバラの人となりを全て理解できる」作りには全くなっていない。これから鑑賞しようという方は、Wikipediaの「チェ・ゲバラ」とか「モーターサイクル・ダイヤリーズ」とか、ある程度の基礎知識を付けていったほうが楽しめる。デートムービーには全く適さないし、エンターテイメントの要素はほとんどないが、久々に硬派な映画を味わいたい方にはお勧めである。おすぎの言葉に過剰な期待をかけるのはご法度、ということで。

一番印象に残ったのは、チェによるこんなニュアンスの台詞。
「政府による暴力には耐えられるというのに、何故政府を倒さんとする我々の暴力は否定するのか」