2009年4月27日

新説?妄想?面白いからOK - 宮本英樹『センゴク』『センゴク天正記』-

大分戦はテレビ観戦だったので2、3点のみ簡単に書くと、「MIPは西川周作」「城福システムにおけるボランチの役割をプレーで表現できるようになってきた今野」「あのプレッシャーの中よくぞ決めてくれました梶山!」「主演:高山主審(こういう日もあるので、一方的に審判を非難してはならない)」といったところだろうか。大分サポーターのブログもいくつか拝見したが、退場になってアウェイ側を歩くエジミウソンに対して「エジミウソン」コールが飛んだとか。現場にいなかったので事の詳細は分かりかねるが、事実であれば「粋じゃねぇ」と申し上げるに留めておく(WWEが大好きだった私としては、こういう時に歌う歌として「Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye」を推薦したい気持ちもあるが、他人の庭で安易な行動は控えるべき、とも思う)。

さて、今回は書評。正直このマンガについて書くタイミングとしては2、3年程遅れている気がしないでもないが、まとまった文章で感想を書いたことがないので取り上げる。
戦国時代について書かれた書籍・マンガの数は枚挙に暇がないほど数多くの作品があるが、この作品を読むまで「仙石秀久(センゴク)」という武将を全く知らなかった。そのこともあって誌上でずっと読み進めていたのだが、面白い作品であることは間違いない。講談社漫画賞は落選してしまったようなのだが、受賞する価値は十二分にある作品だと言い切ってしまおう。

一兵卒としてセンゴクが戦を駆け、多くの人と出会い、戦国武将として成長していくビルドゥングスロマンとしても読み応えのある作品であるが、この作品の魅力は戦国時代において「定説」となっている様々な説・人物像に対し、「だがこの定説には疑問が残る」と異議を唱え、多くの資料を基にして独自の戦国絵巻を展開していく点にある。例えば「天正記」最初のヤマ場である長篠の戦いにおいて、「鉄砲3000丁による三段打ちにより武田騎馬軍団を圧倒した戦い」という「通説」に異を唱える。ここから先はネタバレになるので未読で興味のある方は読み飛ばしていただきたいのだが、信長が1000丁とも3000丁とも言われる多くの鉄砲部隊を率いていたことは事実だが、その運用方法は「武田軍部隊を織田本陣近くまで誘い込み、鉄砲奉行5人(佐々成政、前田利家、野々村正成、福富秀勝、塙直政)が武田軍を巧みに包囲する。その後、織田本陣を見渡せるハタホコ山に布陣した羽柴秀吉の合図の下、鉄砲による包囲一斉射撃にて戦局をひっくり返した戦」として描く。
戦国武将においても、信長や秀吉については人々が持つイメージとそれほどかけ離れた印象はないが、明智光秀については大きく異なる。ルイス・フロイトの評にある「裏切りや密会を好んで 刑を科すに残酷かつ独善的」「己の偽装に抜け目なく 戦において得意は謀略 忍耐に富み契約と策謀の達人」という、「戦国大名を絵に描いたような男」として描く。風貌も優男とは大きく異なり、自らの狂気を高めるために化粧をして戦場に臨んだりもしている(Wikipediaによると、外見のモデルはヒュー・グラントだとか)。謀反の原因と言われた叡山焼き討ちについても、反対の立場ではなく、焼き討ち後に一番出世を果たしたのが光秀という点から、むしろ光秀が焼き討ちの中心にいたのではないか、という説を取っている。
また、今川義元についても外伝である「桶狭間戦記」において、これまた「父以上の名君」として描かれている。こちらはまだ未完なので、通説の桶狭間をどのような形でひっくり返すのか、楽しみにしている。
現在連載では手取川の戦いを描こうとしている。この合戦もまた様々な説が飛び交っていて、筆者がどのような形でこの合戦を描くのか楽しみにしている。

本編・外伝含めて20巻以上になる「センゴク」シリーズだが、「本能寺の変」と「山崎の戦い」という戦国時代最大のヤマ場に至るまではまだ先の話なので、戦国時代好きでマンガに抵抗がない方には是非とも単行本を手に取り、既刊全てを読破した上で私とともに「本能寺がどう描かれるのか」を楽しみにしながら毎週ヤングマガジンを読んでいただきたい。

   

2009年4月21日

「こんな日もある」 - 2009年J1第6節 vs千葉(国立) -

【過剰な期待は失望へと変わる】
2006年ドイツワールドカップを間近に控えた頃、イビチャ・オシムから発せられたコメントである。「勝利を期待するな」という意味合いでは断じてなく、何の根拠を示さず「1勝1敗1分で本選出場は固い」と楽観論が支配したメディアに対して「相手の能力を過小評価せず、自身の能力を過大評価するな」という戒めだったのだろう。試合後数日経ってこの試合を振り返ったとき、思い浮かんだのは「オシムの言葉」だったとは、何かの因縁だろうか。

【この試合において「失望」を生んだ要因】


  1. 7戦勝ちなしの千葉相手

  2. 舞台は「俺たちの国立」

  3. 前半は東京がペースを握っていた

  4. 後半おされ気味だけど、何とか勝てるだろうと楽観視していた

  5. よりにもよってロスタイムに被弾、逆転負けという結果による、感情の落差が激しすぎた


試合後様々なblogを拝見したが、ほとんどの方が落胆・もしくは失望されていた。私も試合後は負けないくらいがっかり感に満ち溢れていたが、あの「がっかり感」を生んだ原因を分析すると、この5つに集約されるのではないかと思う。ようは「今季勝ちなしの千葉が相手である」という時点でどこかに慢心があったのだ。あの屈辱的な大逆転劇があったというのに、だ。反省することしりきである。

【内容を言うならば、過去もっと酷い試合もあった】
あまり過去の試合を持ち出したくはないのだが、「酷い試合」というならば2007年のアウェイ・多摩川クラシコとか、勝ちはしたが勝った以外の何の感想も浮かばなかった最終節の甲府戦とか、淡々と負けた天皇杯・広島戦とか色々あった。仕事の都合で見られなかったホーム・多摩川クラシコなどは、その極致と言えるのではないだろうか。

【「余裕」は一朝一夕に持てるものではない】
多くの人が指摘しているように1-0で終わらせることもできた試合であり、2点目・3点目と畳み掛けることもできた試合だったと思うが、それが出来るのは鹿島やガンバのような「俺たちはこういうサッカーをして勝つ」という共通認識を選手・監督全員が持ち、それをピッチで表現できるようになって初めて「こうやって試合を終わらせよう」という「余裕」が持てるのだと思う。無論、ベンチワークの拙さ等この試合を落とした要因は色々と挙げられると思うが、試合をクロージングすることがいつまで経っても身につかないのは、「部活サッカー」→「縦ポン」→「ポゼッション」→「縦ポンリターンズ」→「ムービングフットボール」と、監督が変わる度にそのスタイルを変遷させてきたことに起因するかもしれない。「ひたむきなサッカー」は何も東京の専売特許ではない。プロとして当然である。

【補強ポイントは「闘将タイプ」】
同点にされた際、選手も人間だから一瞬はへこむと思うが、「もう1点取って勝つぞ!!」と自らを奮い立たせることができたか否か。これは監督うんぬんの話ではなく、選手自身の素養に因るところが大きいと思うし、ああいう展開で一番大事なのはそういったメンタルの強さだと思う。今の東京に足りない要素として「守備を構築できるコーチ」や「ピッチ上の監督」という声がある。それに加えて私は負けん気の強い「闘将タイプ」の選手が必要だと思う。それこそかつて磐田に君臨した現・セレソン代表監督の大先生のようなタイプが。
それに加えてサポーターの「気の持ちよう」も大事である。サポーターが真っ先に「ヤバイ」と思ったら、それはピッチの選手にも伝染するのだ。

【米本について】
デビュー戦ということで、多少なりとも気負うところが出てしまうのが普通なのだが、あまり浮き足立ったプレーも見えず、すんなりゲームに入っているな、という印象を持った。彼の特徴である運動量と判断の速さは垣間見えた。彼が90分フルタイムで出場できるフィジカルを手に入れれば、激戦区と称される中盤において重要な選手となることは論を待たないだろう。

【次節について】
昨年、優勝争いから事実上脱落した試合がアウェイ・大分戦である。あの試合は鈴木慎吾のフリーキックで先制され、(おそらく計算された)ラフプレイに冷静さを失い、敗北を喫した。今節払った「高い授業料」が無駄ではなかったと思えるような内容であれば、と願わずにはいられない。

2009年4月12日

まだまだこれから - 2009年J1第5節 vs鹿島(飛田給) -

この試合に対して高い期待値を持ったサポーターはそんなにいなかったんじゃないかと思う。無論、「出る前に負けること考えるバカ」はいないと思うが、「完勝」であるとか「組し易い相手」とか、楽観的な考え方をするのが非常に難しい一戦だった。試合前日、既知の千葉サポーターの方がこの試合を観戦されるとのことだったので、せめてお金を払っただけの試合内容になって欲しいと願わずにはいられなかった。結果として勝ち負けはともかく内容としては今季一番のものとなったのはひとまず安堵。ちょうど1ヶ月ほど前、雨に打たれて「絶望」しか見出せなかった浦和戦と比較すれば雲泥の差である。

【なせ「4-2-2-2」?】
今節の布陣は、パスサッカーを標榜して今シーズンから取り組み始めたはいいがなかなか上手くいかずにサポーターから頗る評判の悪かったボックス型の4-4-2(某杉山氏に怒られないために表現すれば4-2-2-2)ではなく、昨年「結果」を残してきた、カボレを「3」の左に配置した4-2-1-3だった。試合内容が今季で一番良かった、という声が多く聞かれるし私自身もそういう気持ちなのだが、現状の選手構成で機能するシステムはこれしかないのだろう。
では、なぜ城福は今年のキャンプにおいて成功体験のある「4-2-1-3」を突き詰めることをせず、パスサッカーを標榜したのか?これまでずっと疑問に思っていたが、今節の内容を見て以下に適当な推測を記しておく。

端的に言えば、「4-2-1-3」で毎試合戦っていても優勝争いは演じられないと城福が判断したのではないだろうか。我々が思っている以上に「結果を残したシステム」の寿命は短く、鹿島やガンバが一見同じようなシステムを長年採用していて勝ち続けられているのは、個人能力の高い選手がいるからだ。他クラブから優秀な選手を引き抜く資金がないとは言え、「選手層が薄い」とは口が避けても言えない環境にある東京は、現状の選手達の能力を引き上げることで優勝争いに加わっていくしかないわけだが、その一環としての「4-2-2-2」チャレンジだったのではないかと考えるに至った。

【システム構築には時間と監督自身の「経験」が必要】
「4-2-2-2」のパスサッカーを有機的に機能させるには、ピッチにいる選手達が「止める」「蹴る」「動く」動作と「止めずに正確に蹴る」技術が一定以上のレベルにないと機能しない。サッカー選手として上記の能力は備わっていて損になることは全くない(むしろないと困る)。現状でそれが出来そうな選手は数えるほどしかいないが、そういった技術がトレーニングによって向上する。例えば2007年最終節の甲府は城福が目指すスタイルにおけるひとつの完成型と言えるだろうが、2007年にそれを作り上げるまで大木武は甲府で1年、清水で1年、ユース監督として川崎で1年を経た後甲府で3年とキャリアを積んだ。
「考えて走るサッカー」を標榜したイビチャ・オシムが千葉でタイトルを獲得したのは3シーズン目であり、オシム自身の豊富なキャリアはいうまでなく、オシム以前の千葉においては祖母井秀隆氏の尽力があったことも忘れてはならない。ペリクレス・シャムスカが大分にタイトルをもたらしたのは就任4シーズン目であり、シャムスカ自身も大分以前に多くのクラブを率いていた。今シーズン美しいパスサッカーを披露している広島のペトロヴィッチに至っては、2部降格という憂き目に遭った。どんなに優秀な監督であっても組織の構築には時間がかかるのだし、簡単にタイトルという結果を残せるわけではない。ましてや城福浩の監督としてのキャリアはU-17代表監督を除けば今年で2年目。キャリア1年目でリーグ戦6位という結果を残したことで、「城福ならば短期間でも華麗なパスサッカーを構築できるはずだ」と過剰な期待を抱いたことが今季の不調に伴う落胆を大きくした一因なのだろうし、城福自身も期待値は高かったのだろう。試合後の「選手の力と、今年目指すものの方法論というか、逆算が自分自身少し欠けていた」というコメントは、「そんなに上手くはいかないものなんだな」という、城福自身による反省の弁に聞こえるのは私だけだろうか。

【総括、そして次節の展望】
試合全体としてはリードした展開、予想以上に暑くなった気候、ACLでの疲労等を考慮して、長いボールを蹴って省エネサッカーに切り替えてきた鹿島を崩せなかった、ということになるのだろう。石川のシュートが決まっていれば分からなかったが、過ぎたことを悔いても仕方がないので、次節に向けて切り替えて欲しい。
次節・千葉戦は昨年の借りをきちんと返しておかなければならない。今節見せた「良い兆し」を継続して行うことができれば、勝利は間違いないだろう。

【印象に残った選手は羽生直剛】
赤嶺へのアシストを決めた場面は「走る羽生」の真骨頂と言っても過言ではないだろう。今季は得点への意欲も多分にあるようで、積極的にミドルを打つ姿も素晴らしい(あれは触った曽ヶ端を褒めるべきだろう)。試合後のコールに答えなかったのは、勝てる試合を落としたことに対する彼なりの責任感の表れであると受け止めたい。

【蛇足】
私の後ろにいたカップルは、平山が3人目の交代として登場する前から「どうして平山使うんだよ」「城福訳分からない」と口火を切り、平山がボールに絡む度に「ちゃんと競れ」「もっと走れ」「何やってんだよ」「たっちゃん(鈴木達也か?)みたいにどうして全力で走らないんだ」等など、試合を見に来てるのか平山の悪口を言いに来ているのか疑いたくなる有様だった。筆者も平山については昨年色々と書いたが、昨年に比べれば今年の平山は「自分が何ができるか」「何をすべきか」が分かってきているように感じる(実際、2009年初勝利となった山形戦の平山は良かった)。今日の平山がいい出来だったとは思わないが、あそこまでボロクソに貶さなれるような出来ではなかった。今年からG2に席種を変更したが、残念ながらあのような輩は席種問わずスタジアムのどこにでも一定数存在するのだろう。

2009年4月 8日

クリント・イーストウッド「グラン・トリノ」(【おまけ】ドロンパ写真 in Vチャレンジマッチ)

磐田戦はテレビ観戦、Vチャレンジマッチは1試合目の全セットと、2試合目の5~7セット目を観戦という、間が悪いにも程があるだろ!という状況で書く気がなくなったため、6日月曜日試写会にて鑑賞した表題作の感想でも。

「孤独な老人が隣人との触れ合いを通じて徐々に心を開いてゆく」というプロット自体は珍しいものではなく、私でもビリー・ボブ・ソーントン主演「スリング・ブレイド」や、ジャック・ニコルソン「恋愛小説家」等が挙げられる。それでもこの作品が琴線に触れるのは、クリント・イーストウッドの熱演と、作品内における「落差」に求めることができよう(おおまかなあらすじは町山智浩氏の記事をご参考下さい。)

私は「ジジイ役が上手い俳優」が大好きで、脳内に「ジジイ俳優番付」なるものを作っている。東の横綱には上述の「恋愛小説家」や「ディパーテッド」等で「キング・オブ・クソジジイ」をほしいままにしているジャック・ニコルソン。西には「脳みそパカッ」でおなじみのハンニバル・レクターことアンソニー・ホプキンス。最近みた映画では「ダークナイト」でウェイン家執事・アフルレッドを演じるマイケル・ケイン、「セブン」の老刑事・サマセットを演じたモーガン・フリーマン、日本の作品では「踊る大捜査線」のいかりや長介を好きが人は多いと思う。今作品の主人公である頑固ジジイ・ウォルトを演じたクリントは素晴らしいの一言に尽きる。番付で言えば西の横綱級だ。頑固ジジイが何かと理由を付けて隣人の姉弟をチンピラの手から救い、好意を寄せられて困りつつも徐々に心を開いてゆく前半部分は大変楽しい。説明が極めて記号的かつ表層的になってしまうので安易に使いたくない表現なのだが「ウォルトはツンデレ」といったところか。

そんな幸せな時間を粉々に打ち砕く「事件」が勃発する。「ミスティック・リバー」以降のクリント作品に共通するであろう「理不尽が襲い掛かる」展開が今作品でも遺憾なく発揮されるのだが、かなり長い間ほほえましい時間が続くため、「落差」が激しい。その上、「事件」が起きた原因はウォルトが「良かれ」と思い行動したことにあるのだからなおさら辛い(どんな「事件」かはネタバレになるのでこれ以上は差し控えるが、「野島伸司作品かよ!」とだけ申し上げておこう。まあ野島の演出とは比較にならないダメージを蒙ったわけだが・・・)。

何でも今作品を以って俳優としてのクリント・イーストウッドは引退するとのこと。若き日のクリント作品に思い入れのある方は是非とも会場に足を運んでいただきたい。4月25日より上映されるので、GWに何か映画を見に行きたいと考えている方にも自信を持ってお勧めできる作品である。

【蛇足】
ちなみに試写会が当選したのは「マッハ!」以来。あの時は上映前にテレビCM用に使われるシーン撮影とか、作品に愛着のない芸能人によるダベリ等があってうっとおしい思いをしたものだが、今回は映画のあらすじ等がアナウンスされただけで予告編→本編への流れは非常にスムーズだった。我々は映画そのものが見たいわけだから、こういう姿勢は非常に歓迎したい。

【おまけ】