2008年10月17日

永井良和『ホークスの70年 惜別と再会の球譜』(ソフトバンククリエイティブ)

Jリーグと比較した際に、プロ野球が上回っているところは何だろうか。観客動員数や興行の規模ではたしかにプロ野球が優勢だ。しかし、国際性や地域貢献という点では、すでにサッカーの方が高いレベルを示している。そのJリーグが、プロ野球に勝てない点といえば、歴史である。プロ野球には、複数世代にわたるファンが存在する。これは、金銭で買収することができないものだ。どうして、この最大の特色を、プロ野球は生かしきれないでいるのか。
(p.266 「終章 球史への敬意」)

月に一度書くと決めた書評だが、9月はさぼってしまったので10月は2冊分掲載予定。10月第一弾に取り上げるのは、「ホークス」を冠した職業野球団70年の歴史をまとめた本書である。中身についてはホークスの歴史を「戦前」「戦後」「福岡移転」「球界再編」の4つに分け、それぞれの時代においてホークスという球団と、そして職業野球そのものがどういった歩みを刻んできたのか、について書かれている。日本野球における「台湾人プレーヤー」の歴史は戦前から始まっていたとか、他チームの主力を引き抜く「巨人」の戦力補強の歴史は戦後直後から始まっていたとか、ホークス中心の野球史を綴ってはいるのだが、ホークスファン以外が読んでも面白いと思える記述は随所に見られるので、野球好きにもお勧めの一冊だ。

さて、この本を読んでいた頃にFC東京が創設10周年を迎えた。「歴史が浅い」と言われて久しいJリーグであるが、「プロリーグとしての」と前置きは必須である。前身である「東京ガスフットボール」は公式サイトによると1935年に創部した、との記述があるので、その時代をカウントすればFC東京は実に70年以上の歴史を誇るクラブということになる。ただ、2004年に「クラブ創立70周年記念○○」といったチケット販促イベントやグッズ販売が行われた形跡はないので、正史は1999年10月1日より始まった、ということなのだろう。
東京以外のクラブがリーグ以前の歴史をどう捉えているか気になって軽く調べてみたところ、クラブによってバラバラだった。例えばチーム名に「1969」を冠したことのあるヴェルディは、前身クラブの歴史の延長線上に現クラブが存在することを内外にアピールしている、最も顕著なクラブと言えるだろう。前身が川崎に本拠地を置く東芝サッカー部だった札幌のサイトを覗いてみると、東芝時代は参考記録程度といったニュアンスを感じる(2005年に10周年イベントとか開催したのだろうか)。そこへ行くとお隣の川崎は、ウェブサイトを見る限り1997年から歴史が始まったという解釈になる。横浜Fマリノスのクラブヒストリーには「F」の歴史もきちんと掲載されていたのは何よりだと感じる。

Jリーグ以前の歴史もカウントするよう統一するべきだ、といったことを主張するつもりは全くない。クラブで扱いが異なっていても全く構わない。ただ日本のフットボールの歴史が「1993年5月15日」に突然始まったわけではない、という認識はJリーグを愛する全ての人間が共有してもいいのではないかと考えるし、サポーターがクラブの枠を超えて共有しておかなければならない「過去」はあると思う。例えば数年前、新潟サポーターがマリノス戦で「ぶっちゃけ、"F"いらなくね?」という横断幕を掲げたことがあったが、とある東京サポの先輩は今でもあのダンマクに対し「当時新潟の指揮を取っていたのはあの反町康治だったというのに、「Fいらない」とは何事だ」と憤りを隠さない。歴史に触れる機会が彼(もしくは彼女)らになかったのだろう。

日本の職業野球は80年以上の歴史を誇るのに対し、日本の職業サッカーの歴史は20年にも満たない。だが、職業サッカーに至るまでの歴史は確実に存在したし、そういった「Jリーグ以前」について通り一遍でもいいから触れておけば、現在のJリーグをより一層深く楽しむことができるはずだ。例えばジェフは、前身の古河電工サッカー部の歴史を含めれば「クラブ創設以来一度も2部リーグを経験したことのないクラブ」である、といった具合に。

2008年9月11日

星野に対する若干の同情と、WBC2009について

「ストライクゾーンに不信感」に続いて「日本はいじめ国家」と、火に油を注ぐような発言をしてしまった星野仙一。阪神時代の栄光など遠い昔のことに感じてしまう。今回の騒動によって彼の再就職先はジャイアンツ以外なくなってしまったわけだが、大手町の主筆様には是非とも来季以降のジャイアンツを彼に指揮していただけるよう、お願い申し上げる次第だ。

さて、私が星野に憤った理由は「敗因としてストライクゾーンを挙げた」という一点だけなのだが(ボールの違いと共に、WBCにおいて経験済の事柄であるにも関わらず、指揮官として何ら手が打てなかったから)、非難の嵐に見舞われる彼には若干ではあるが同情しているのも確かだ。2002年日韓ワールドカップ直前であるにも関わらず、代表メンバーから中村俊輔を外したフィリップ・トルシエに対して凄まじいバッシングが展開された。現在の星野と当時のトルシエがオーバーラップするのは、一番騒いでいるのが「普段から熱心に野球(サッカー)見ているわけでもないのに、メディアが「金確実」(「日本の10番」)と煽っておきながら、現実ではそうならなかったことに対して憤っている層」に感じるからだ。言ってみれば「外部」の人間が騒いでいるように見えてしまうのだ。ただ、今回の五輪で野球のナショナルチームは多くの人間に関心を持ってもらえた、という証左でもある。男子フットボールのナショナルチームにおける「無関心」ぶりとは大違いである。

野球特有の事情から同情している点もある。野球における日本の代表チームというのは現在の「プロ選手選抜」という形態になって日が浅いにも関わらず、いきなり「世界一」という称号を手にしたことで、視聴者の多くは当然のように「金メダル確実の種目」だと判断したに違いない。星野が「金メダルしかない」という発言をしたのも、そういう世間の期待を敏感に察知し、メディア受けのいい言葉を選んでナインを発奮させようとしたのだと判断するが、その発言が自らの首を絞めるのだから勝負事とは恐ろしいものである。

現在は来年3月に控えるWBCの監督人事で盛り上がっているが、個人的には「大記録を残した監督経験者」が最も相応しいのではないかと考える。50年後は分からないが、日本代表においてリーダーシップを発揮する選手は自然とメジャー経験者になる傾向はしばらく続く。そしてメジャーでプレイしている選手というのは日本において一流以上の実績を残した者がほとんどである。そんな彼らを孤独にさせずチームに溶け込ませるのが監督の一番重要な役割となるだろう。石田雄太の著作などを見ていると、「イチローと王貞治」という組み合わせは意外にもマッチしていたように見受けられるのだが、例えば「イチローと星野」、もしくは「イチローと原」・・・どうしても上手く行くイメージが全く沸かない。

個人的には、2009年のWBCを率いられるのは落合博満しかいないと考えている。昨年の日本シリーズにおける「山井→岩瀬」のスイッチ、ああいう冷静さこそ短期決戦に臨む指揮官には必要な能力である。唯一にして最大の問題は。落合が引き受けそうにない、ということなのだが・・・。果たして日本代表監督に就任するのは誰なのか。秘密裏に決定すると熱心なファンが離れるので注意が必要だ。

2008年9月 9日

怪物達の引き際 - 清原和博引退によせて -

清原和博の引退について何か書こうと思い立ち、Wikipedia「清原和博」の項を眺めていて、時の流れは速いものだと感慨にふけっていた。彼が巨人に入団したのは1997年。2008年で18歳を迎える若き野球好きの中には、「西武時代の清原和博」を知らない者が一定数存在する可能性は高い。それはすなわち、彼の全盛期(といっても過言ではないだろう)を直に見ていない、ということになる。それに加えて、メディアによる「番長」というキャラ付けと、そのキャラ付けに則ったとしか考えられらい彼の行動(死球後のメンチ切りや、格闘家との交流による肉体改造等)の数々。若年層にとって「打のヒーロー」とは間違いなくイチローであろうから(彼らが物心ついた1994年に年間200安打を達成、シアトルに移籍するまで首位打者であり続け、メジャーで文字通り「神」となった)、清原和博という選手は「実力はたいしたことないのにメディアの露出が激しく、野球以外のところで自分を強く見せようとする選手」という、とんでもない選手として捉えられていても決して不思議ではない。PL時代は流石に何も覚えていないが、西武黄金時代にはその活躍に心躍らせ、ホークスファンとなってからは恐怖の対象でしかなかった「AK砲」を見ていた私ですら、近年の清原を見ていると生涯500本塁打以上を記録している大選手であることを忘れがちになってしまうくらいなのだから。

実力主義の世界において自らの引き際を決められるスポーツ選手は幸せだと思う。だが、若かりし頃に偉大な記録を打ち立てたり、後世に語り継がれるプレーを見せた怪物達の引き際は、ピークを過ぎた直後であれば惜しまれる一方、ボロボロになるまでプレーする場合は石持て追われるようなパターンになる場合が多いように感じる。佐々木主浩が引退する際、横浜ファンの友人に水を向けたところ、最後の数シーズンの成績と年俸のギャップが激しすぎたために何の感慨も沸いてこない、といった感想を漏らしていた。「かつての守護神に対してそれはないだろう」とその時は反論したものだが、イチローが超高額年俸で日本のどこかに復帰して2割5分を切るような成績しか残せなかったら、その球団を応援しているファンの中には失望する者もいることだろう。

清原引退の報を初めて聞いた時、正直に告白すれば「やっと引退するのか」と感じた。というのも、上に述べたようにメディアが捏造する清原像と自身の成績とのギャップを埋めるのは彼の状態を考えれば不可能であり、イメージに振り回される彼を見るのは忍びないと感じていたからだ。「怪物」と奉り、「番長」と煽ってきたスポーツメディアは、彼の引き際をどう演出するのか。かつて「投げる不動産家」という仇名が示す通りヒール扱いされてきた桑田真澄は、ジャイアンツを退団してメジャーに挑戦した時期をきっかけに取り上げられ方は180度変わり、ベビーターンとして野球人生にピリオドを打つこととなった。おそらく清原の引退式は過剰な演出と美辞麗句で以って埋め尽くされるのだろう。それが残念でならない。
「Mr.ロッテ」こと初芝清の引退セレモニーはテレビで、「Mr.ファイターズ」こと田中幸雄の引退セレモニーは球場で体験したのだが、肩肘張った煽りや過剰な演出が一切なく、余計なことをあれこれ考えず、球場全体が偉大なる選手への感謝の念で溢れた、非常に素敵な空間だった。生涯500本以上の本塁打を放った偉大なスラッガーの引退に、過剰な煽りなど一切必要ないと思うのだが、いかがだろうか。

2007年12月15日

「勝利」か「大記録」か - 2007年備忘録その3 -

昨年と比較して、プロ野球を観戦する機会が激減した。どれくらい減ったかというと、無料招待券を手に入れた友人の恩恵に与かる形で観戦したベイスターズ対タイガーズ戦と、田中幸雄の引退セレモニーが行われた東京ドームでのファイターズ対イーグルス戦だけで、ホークス戦ですら一試合も観戦していない。テレビ観戦の機会も減少の一途をたどっている。先日行われた北京五輪予選の韓国戦も観戦していない。ダルビッシュと鳴瀬成瀬の投げ合いも見てない。そして今回取り上げる日本シリーズについても、観戦していたわけではない。

鹿児島に住むファイターズファンの友人から、「完全試合とかありえない」というメールを受け取ったのが事の発端である。事前にドラゴンズが日本一に王手をかけていたのは知っていたので、あの大舞台で完全試合を達成するなんて凄いな、と思いつつネットで試合経過をチェックしたら、中日のピッチャー欄には先発である山井と、岩瀬の文字。二人併せて完全試合だったのだなと、その時は軽く考えていた(私はプレーオフ制度に反対の姿勢を貫いているので、リーグ2位のチームが出場する日本シリーズにはさほど関心を持てないのだ)。ところが、世間は大騒ぎしていた。日本シリーズでの完全試合まであと3人となった9回、落合博満が下した投手交代という決断に対して、賛否両論真っ二つに分かれた。
私も前述の友人と酒を飲む機会があった際、この話題で盛り上がった。私は落合支持、友人は不支持。「前人未到の大記録が達成できたかどうかは分からないが、あの時はファンの多くが山井の完全試合を期待していたのだから、落合の采配には納得いかないし」と主張する友人に対し、「監督の仕事はチームを勝利に導くことが大前提であるし、勝負は何が起こるかわからないのだから、万全を期すため岩瀬にスイッチしたのは妥当な判断だ」と言い返す私。ただ、私はこの試合を観戦していないので、一回から視聴していれば「おいおい、山井が完全試合やっちゃうかもしれんぞ!おお、あと3人だ、頑張れ山い・・・あれ?岩瀬?落合ふざけんなよ!山井に大記録達成のチャンスを与えてやれよ!」なんて叫んでいたかもしれない。

この議論はどちらが正しい・間違っているという話にはならないが、熱狂的なドラゴンズファンが「53年振りの日本一」と「山井の完全試合」、どちらを求めていたのかである種の線引きはできるだろう。落合は監督の立場から前者を達成するべく後者の可能性を捨てたわけだが、その判断がドラゴンズファンの間で許容されているのなら、それで構わない。完全試合達成に過剰な期待を寄せたのは、日本シリーズに参加できなかった球団のファンが圧倒的だったのだろうから。

【蛇足】
ちなみにプレーオフについても前述の彼とは意見が食い違う。「プロ野球選手がワンプレーワンプレーにあれほど真剣な姿を見せる機会はそうそうないし、何より短期決戦であるが故にファンが盛り上がり注目を浴びる」と考える彼に対して、「140試合以上を戦い抜いたことでつかんだリーグ1位の座が、たった5試合で覆るのでは何のためのリーグ戦なのか」と憤慨しながら突っかかる私。落とし所はいつも「2位までに出場権を与える」なのだが、個人的にはプロ野球の体制が「2リーグ4ディビジョン16チーム以上」にならない限り、プレーオフ制度を導入する意味がないと考える。また、「リーグ一位をリーグ優勝チームとする」規定は、今年のセリーグにおいて全く効力を発揮しないことが証明されるに至り、ますますクライマックスシリーズの理不尽さが明確になった。

【追記】
「鳴瀬」は「成瀬」に訂正致します。ご指摘下さったSAGISAWA様、ありがとうございます。

2007年9月20日

「後楽園が生んだMr.Fighters」

スポーツの世界でファンから「ミスター○○」と呼ばれる選手には共通点がある。
そのクラブ、ないしはチームが強くなったり人気になる前から在籍していること、そして強豪チームでも十分通用する実力を持ちながら、移籍をせず所属クラブの中軸として活躍し、選手生命をそのクラブで終える選手である(ちなみに「強豪チームの中軸として活躍し、引退する選手」は広く愛されるため「ミスター○○」とはあまり呼ばれない)。「初芝清はミスターロッテではない」と言えるマリーンズファンがいるのならお目にかかってみたいし、「ミスターホークス」の名に最も相応しかった大道典嘉を戦力外にして無償で巨人へ放出したソフトバンクのフロントには未だに失望している(孫正義とソフトバンクからのスタッフには、「金は出すけど口は出さない」山内溥の態度を是非とも見習って欲しいものだ。あのユニフォームだけでお腹いっぱいである)。

昨日、「ミスターファイターズ」こと田中幸雄が東京ドームにて引退セレモニーを行った。2000本安打がひとつの節目になるだろうと言われていて私自身もそう思っていたにもかかわらず、「幸雄引退」の報に初めて触れた時、何故か驚いてしまったのだ。
私にとってのファイターズとは、東京ドームと田中幸雄である。大学が東京ドームに近かったこともあり、暇がある時に野球好きの友人と共に観戦に行った。私以外が揃いも揃ってマリーンズファンであり、ホークスを「金満」と罵り、ホークスファンのスタンドで応援することに消極的だったため、同じスタンドで、しかもチケットの売り上げを気にせず自由に観戦するのにファイターズ戦は都合がよかったのだ。何度も通ううちに「ファイターズ讃歌」は二番目に好きな球団歌となり、田中幸雄の応援歌はファイターズで一番好きな選手応援歌となった。ホークスの選手応援歌で諳んじられるものがないにもかかわらず、である。

引退セレモニーの映像で「後楽園が生んだMr.Fighters」というフレーズが目に飛び込んできた。自身の2000本安打を飾ったのが札幌ではなく東京ドームであり、東京ドーム最後の打席でタイムリーを打つあたり、後楽園との縁を見出してしまうのは安易過ぎるだろうか。もし球団が田中幸雄という存在に敬意を払うのであれば、東京ドームでのファイターズ戦をできうる限り継続して欲しいと思う。
Wikipediaによれば「球界きっての人格者」なのだそうだが、セレモニーの最後を飾るスピーチは、その文言に違わぬ、真面目で真摯なスピーチだった。
優れた選手は、所属球団の壁を超えて広くファンから愛される。レフトスタンドに陣取るイーグルスファンがファイターズファンと一緒になって「弾丸ライナーだ」と歌い、ジャンプしていた姿がとても印象的だった。

2006年11月21日

黒田、小久保、大道、そして小笠原

先日とある友人と飲んでいる時、このblogにはあまり目を通していないと言ったので理由を問うと、野球ネタが少ないからだと返ってきた。確かに「J.B.Antenna」に登録して以降サッカーに関する文章を書くことが増えたが、それ以外のことについて書く機会が減ってしまっては折角用意したカテゴリーごとのリンクも泣いていることだろう。友人のリクエストに応える意味でも、久々にプロ野球に関する文章を書いてみたいと思う。

【黒田博樹と広島「ファン」の幸せな関係】
日本サッカー界において「一定以上の熱意を持って特定のクラブを応援している人間」を「ファン」と呼ぶか「サポーター」と呼ぶかについて議論が起こることがあるが、後者の立場を取る者には「ファン」という言葉を侮蔑的な意味合いで使う者が少なくない。代表戦にしか興味の無い人間を「代表ファン」と呼ぶのがいい例だろう。中にはプロ野球愛好者との差別化を図る意味で「俺達はサポーターだがあいつらは所詮ファンじゃないか」といった感じのことを言う者もいる。だが、「熱くない奴」を「ファン」とする言い回しはこれから控えた方がいいだろう。その認識が誤りであることを広島ファンが証明したのだ。
黒田博樹が今年のストーブリーグにおける投の主役になることは規定路線といってもよかった。タイガース、ジャイアンツ、ホークスといった名乗りを上げ、どの球団がどのくらい出すのかというマネーゲームが繰り広げられると誰しもが思っていた矢先に黒田は残留を宣言したのだ。彼の会見における発言を引用しよう。
「自分にとって何が一番大事か?どういう野球人生を送りたいか?を考え、今まで育ててもらったカープで優勝することが、自分のこれからの野球人生の中で高いモチベーションになるのではないかと思いました。」
「ファンのみなさんの10月14日、16日のあのスタンドを見て、その時は自分の中では判断材料のうちの1つという気持ちでしたが、結局最後になるとあれが一番自分の中で大きかったというのが正直な気持ちです。」
「僕が他球団のユニフォームを着て、広島市民球場でカープファン、カープの選手を相手にボールを投げるのが自分の中で想像がつかなかった。」

この1件があってから、呼称問題に関しては「どちらでもいいじゃないか」という思いをますます強くした。どんな競技であっても熱心に応援する者はいるし、その熱意をどのように示すかも様々な方法がある。一番問題なのは、「こうあるべきだ」という自分の価値観を絶対化して自分以外のやり方を否定することだ。

【小久保裕紀の帰還、大道典嘉の退団】
ジャイアンツへの無償トレードから3年、ついに小久保がホークスへ帰ってきた。ホークスを去った後でも彼のタオルマフラーを持参して観戦に行き、野球仲間との雑談で事あるごとに「小久保は帰ってくるから」と言い続けていた身としては、この喜びをどう表現したらいいか分からない。あの無償トレードが何故起こったのかについては当時の球団社長と確執があったというのが真相とされているが、実際のところは分からない。少なくとも言えることは、「家買っちゃえ」とコールされてもいないのに福岡に家を買った小久保がジャイアンツへ移籍する積極的な理由がないということだろう。彼がユニフォームを脱ぐのはおそらく福岡になるだろう。その時は何を差し置いてでもこの目に最後の姿を焼き付けたいと思う。
その一方で悲しい出来事もあった。大道典嘉が戦力外通知を受け、無償トレードでジャイアンツへと移籍したことだ。緑がチームカラーだったころのユニフォームに袖を通した唯一の選手だった。プロの世界が温情で支えられているわけではないことは十分過ぎるほど理解しているつもりだが、クラブの歴史を大切にするつもりならば決してあのような形でクビを切るべき選手ではないはずだ。
私が最後に彼のプレイを見たのは今年の7月、東京で行われたファイターズとホークスの試合である。今年新人王を獲得した八木の前に手も足も出ず、6点差ビハインドの状況で迎えた9回裏、2アウトながら得点のチャンスを迎えたところで代打で登場。隣に座っていたファイターズファンの友人が「打たれることはないだろう」とこぼしたその直後、フェンス直撃となる2点タイムリーヒットを放った。代打の切り札として起用されることが多い上にホークスの試合を見る機会にあまり恵まれない私にとって、代打・大道がタイムリーを打つ姿をこの目で見ることが出来たのは一種の僥倖と言ってもいいだろう。その嬉しさに試合に敗れたことなどすっかり忘れていた。
移籍した選手を敵として迎えた時にどういう態度を取るのかは人それぞれだが、ジャイアンツのユニフォームを着た大道がホークス戦で登場してきたら私はどんな行動を取るのだろうか。ましてや福岡の地でそれが起こった場合、福岡のファンはどうするのだろうか。

【小笠原道大の選ぶ道】
前述の黒田とは対照的に、予定通りストーブリーグにおける打の主役となった小笠原道大。先日アジアシリーズの決勝を観戦した時にレプリカユニフォームを着たファンを観察していたら、その背番号はほぼ「2」で埋め尽くされていた。試合前や試合中、彼の残留を願う声はあちこちから聞こえた。表彰式でプレゼンターとなった読売新聞の関係者にはブーイングが飛んだ(球場割れんばかりの大ブーイング、とはいかなかったが)。ファイターズファンの中には「仕方がない」と諦めている者もいるかもしれないが、僭越ながら申し上げておきたい。少しでも「ファイターズに残って欲しい」という思いがあるのなら、声を嗄らしてでも「残れ」と叫んでおくべきだ。パリーグ好きな私としても彼には残ってもらいたいと考えている。というのもファイターズファンに言いようのない「不快感」を体験して欲しくないからだ。
「不快感」を与えるもの、それは日本テレビ系列におけるジャイアンツ報道である。かつて小久保がジャイアンツへ入団した時、スポーツ番組や中継における小久保は「メディアにあまり注目されていない、知る人ぞ知るパリーグの実力者が栄光ある読売巨人軍の一員となった」といった感じに紹介された。交流戦でのジャイアンツ中継では最初から最後まで「パリーグの球団が栄光ある読売巨人軍に胸を借りる」というストーリーの下で進行されていた。要するに「ジャイアンツで結果残してこそ1流」というスタンスなのだ。その上不快感を催す究極の「装置」として、ジャイアンツ以外の球団に全く興味を持っていないであろう徳光和夫がしたり顔で小笠原について語る姿だ。これを想像して不快感を示さないファイターズファンがいるのなら、私はお目にかかりたいものだ。
それに加えて、ジャイアンツがすでに「張子の虎」であるという事実だ。巨人戦の視聴率低下が叫ばれて久しいが、それを野球人気そのものの低下と結びつける論調が少なくなったのはいい傾向と言えるだろう。現在ジャイアンツが置かれている状況は、「裸の王様」であることが誰の目にも明らかであるにも関わらず、関係者だけが「服を着ている」といい続けている状態と言ってもいい。「伝統」もへったくれもないのである。先日『Gファイル』という本を読んだが、あそこに書かれてるのが事実だとすれば彼のような求道者タイプの選手が過ごすには一番適さない、外部からの「雑音」にまみれた球団であるとも言える。

最後にファイターズファンの友人に言われて初めて知ったことを少し書く。今年で小笠原は通産打席4000を達成し、生涯打率ランキングへ参戦を果たすことになったのだが、日本人打者に限定すれば現在首位に立っているのは小笠原なのだ(生涯打率.31975、総合では歴代2位)。イチローという存在は別格としても(MLBでの活躍だけですでに4000打席以上、生涯打席は.331。ちなみに日本では3600打席で.353という、こちらも驚異的な数字)、現役の日本人選手においてトップレベルの実力を持っている偉大な選手であると言えよう。だから彼がジャイアンツへと移籍するのであれば、その報道は「隠れた実力者が…」ではなく「日本球界の至宝が低迷するジャイアンツを救うために来てくれた」と言って、前述の徳光和夫が本番中に素で感涙に咽び、それ以降の収録が不可能になってしまうくらいの姿勢を見せてしかるべきだろう。

2006年3月16日

WBC第2ラウンド 日本vs韓国

テレビをつけてしばらくの間、この試合がアメリカ合衆国で行われていることを信じることはできなかった。あの雰囲気は日本にとって敵地以外の何物でもなかった。
韓国の投手がストライクを取ると歓声。
韓国の打者が際どい球を見極め、審判がボールを宣告すると歓声、ヒットを打つと大歓声、凡退で終わると静まるスタンド。
世界一有名な日本人プレイヤーであろうイチローには耳をつんざくばかりの大ブーイング(見ている人が一目瞭然で分かるくらい、不快感を表に出すイチローを私は初めて見た)。
チャンスの際、そしてピンチの際には一際大きくなる「テーハミング」のチャント。
多村のバットが空を斬って試合が終わった時の、まるで優勝したかのような大歓声。
第1ラウンドで行われたこのカードがどんな雰囲気だったのか私は知る由もないが、日本からも韓国からも遠いアメリカの地において「ホームゲーム」を演出したスタンドの韓国人には、正直脱帽の一言である。それだけWBCの初代王者を韓国は真剣に狙っている、という証左だろう(無論日本に対する複雑な感情故に発生した雰囲気、という見方もあるのかもしれないが…)。

日本に決勝ラウンド出場の可能性が若干残されているとはいえ、たとえ出場できたとしても相手はまたしても韓国。おそらく球場の雰囲気は今日よりも韓国寄りになるだろう。そんなアウェイ状態の中で日本が韓国を下す姿を、私は想像できずにいる。もし決勝ラウンドへ進むことができたなら、私が想像力の欠如した人間であることを、日本チームには是非とも証明して頂きたい。

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2005年10月26日

4連勝

タイガースファンは、しばらくの間「試合間隔が…」と言わずにはいられないことだろう。私も昨年、ライオンズに対して怒り狂っていたので、その気持ちは痛いほどよくわかる。だから、その無念の思いを声にして、一向にその兆しが見えない、プレーオフの制度改革を断行する後押しをしていただければ、と思う。

マリーンズファンの皆さんへ、ひねくれたホークスファンから一言。
2036年にまたお会いいたしましょう。

さて、コナミカップが控えているとはいえ、これにて2005年シーズン終了。ストーブリーグの中心は城島、松坂、三木谷浩史か。城島に関してはほぼメジャー移籍で決まった感が強い。松坂は球団がどんな手を使ってでも引きとめにかかるだろう。そして村上ファンドから端を発した「球界再編」に関しては…とりあえずあの会長をだれか黙らせてくれないか。
ついでに、コアなファンが主な視聴者であろう、フジテレビ739「プロ野球ニュース」で、偉そうにタイガースの敗因を語る、あの太った男を黙らせてくれないか。

2005年10月25日

「圧倒的じゃないか、我がマリーンズは」

ガンダム好きのマリサポなら、必ず言っているであろう台詞。マリーンズの選手は、誰でもいいので「阪神は楽天より弱い」とかメディアで発言してくれないだろうか。そうでもしないと、このまま2005年シーズンが終わってしまう。

プレーオフ終了後にも言及されていたけれど、日本シリーズが終了したら、試合間隔の問題が取り沙汰されるだろう。来季セ・リーグにもプレーオフが導入されるというのなら、「セ・1位(パ・1位)vsパ・2位(セ・2位)」として、2位チームが勝率で1位チームを上回る場合を除いて、各1位のチームに1勝のアドバンテージを与える、という案はどうだろうか。まあこんなところで私案をぶちまけてもしょうがないわけだが。閑話休題。

城島さん、来年ホークスを日本一にしてからメジャーに挑戦するのはどうですか?

2005年10月17日

プレーオフ 第2ステージ第5戦

悔しい、ただそれだけ。

勝者には、敗者の無念を汲んで絶対に勝たなければならない場面、というものがある。それが来たるべき日本シリーズだ。でなければ、プレーオフの5戦が全て無駄になると思う。また、大阪近郊をまた無法地帯にしないためにも、マリーンズ日本一は至上命題だろう。

思えば去年のプレーオフ終了後は、怒りと虚しさで一杯だった。だた、今年に関しては怒りがあまり湧いてこない。試合内容が5戦とも充実していたからだろう。しかしながら、3年続けてこんな思いはしたくない。来年こそは…。

2005年10月16日

プレーオフ 第2ステージ第4戦

今日のお立ち台はズレータと吉武だったが、この2人に尽きる試合だった。昨日の試合で無安打の呪縛から解き放たれたか、2打席連続ホームランで全打点を叩き出したパナマウンガー。5回表無死1・2塁、大塚の送りバントを三塁に送球した吉武の判断。その後の三瀬・馬原も自分の仕事をきっちりこなし、1点差を守りきって2勝目、逆王手である。25時間前には想像すらしなかった展開だ。チケットが余ってるそうなので、福岡在住の皆様は是非とも球場に駆けつけて(球場に入れなくても駆けつけて)、福岡に行けない私の分まで選手を後押ししていただきたい。

そしてようやく地上波にてプレーオフ放映。第1ステージから数えて6戦目にしてようやく、である。これで視聴率が悪かったら「パリーグは不人気」とか言われるんだろうが、そう言いたい人は勝手に言えばいいと思う。その台詞は「私は球場はおろか、テレビでさえもパリーグの試合を一度も見たことのない、視聴率でしか人気・不人気を測ることのできない、かわいそうな人間です」と宣言しているに等しいのだから。

プレーオフ 第2ステージ第3戦

全国のマリーンズファンが9回までは夢心地だったんだろうなと思う。これでリーグ優勝を逃したら、小林雅は千葉の地を踏む事が出来るのだろうか。

第3戦終了直後、千葉マリンでのPVを観戦していたマリーンズファンの友人3人から呼び出され、東京駅で落ち合って朝まで飲んでいたため、こんな時間に更新となりました。

2005年10月13日

プレーオフ 第2ステージ第2戦

縁担ぎ

バイトが終わって小腹が空いたので、縁を担ぐためにロッテリアへ。あんまりこういうことはしないけど、今日負けたら王手がかかるので、必死です。

  • 1回表、2死から福浦、サブローに連打されるも次のフランコを抑える和巳

  • 1回裏、川崎が出塁するも柴原、バティスタ、松中が続かない

  • 4回裏、無死一塁の場面で初球に手を出し併殺を食らったバティスタ

  • 5回終わって、和巳3安打7奪三振

  • 5回裏、カブレラの2戦連続ホームランで先制

  • 6回表、1誌満塁からフランコ2塁打で逆転、ベニー3ゴロの間にもう1点

  • 6回裏、川崎のホームランで2-3に。

  • 7回表、和巳に代わり吉武。ノーヒットに抑える。

  • 7回裏、松中にヒットなし

  • 8回表、2死から吉武に代わり三瀬。代打の大塚を遊ゴロに

  • 8回裏、清水に代わり薮田。四球を出すも無安打

  • 9回表、三瀬に代わり馬原。完璧なピッチング。スンヨプ4打数4三振。

  • 9回裏、小林雅登場。先頭打者の柴原が遊飛。バティスタ左飛。松中中飛で試合終了

崖っぷち。絶体絶命。どうなる土曜日。

2005年10月12日

プレーオフ 第2ステージ第1戦

授業があった関係で6回くらいからテレビ観戦。

  • チャンスに打てない松中、ズレータ

  • 福浦のバントの仕草に全員釣られる

  • 中継ぎの仕事をこなせない吉武

  • 代打で三球三振した大道

  • 飛び出した川崎

  • またしても代打・初芝に当てた三瀬

見せ場は高橋の好投と、的場が意地を見せた場面くらいか。このチームは本当にシーズン89勝したチームなのかと疑いたくなる。言っても詮無いことだが、城島がいれば…。浦和レッズのパクリになってしまうけれど、状況はほとんど変わらないのでこの言葉を以って今日のまとめとしたい。
「去年の悔しさ、忘れてないよな?」

それにしてもあれだけホークスファンに囲まれているにもかかわらず、野太い声を出すマリサポの皆様に脱帽。

2005年10月10日

プレイオフ 第1ステージ第2戦

試合終了後、マリサポの友人2人から「飲むぞ」と電話がかかってきたので新橋へ。千葉マリンでの盛り上がり、第2ステージの話、ドラフト、漫画や本の話などで酒が進んだ結果、帰りの電車で見事に寝過ごし、終電を逃す。持ち合わせがなかったのでクレジットカード使ってタクシーで帰宅。風呂に入って泥のように眠り、つい先ほど目を覚ます。ホークスには一切関係ない第1ステージでこんな調子では、第2ステージ、そして日本シリーズが終わったときにはどうなっていることやら。

さて、試合について。面接に行っていた関係で4回表からテレビ観戦。小林宏が神がかっていた。西口も「エース」の名に恥じない投球を披露。勝負を分けたのは、打線の援護。6回裏、2死からベニー・李・今江の三連打であげた2点が、今季の「強いマリーンズ」を象徴したものとなった。

福岡ドームで観戦する全てのホークスファンの皆さん、是非とも千葉マリンのライトスタンドを凌駕する雰囲気でマリーンズナインにプレッシャーを与えていただきたい。

2005年10月 8日

プレイオフ 第1ステージ第1戦

14時開始ということを知らなかったので、13時時点で地上波はおろかJスポーツでも放映されてなかったために落胆。その後Jスポーツで13時45分から、ということが分かりホッとした。(地上波では放送がなかった模様。テレビ屋さん方は一体どこに目をつけてるんだか。)

松坂大輔には「ここ数試合であまり成績が振るわない時に限って、首位決戦などここ1番という試合に完璧なピッチングをする投手」というイメージがある。「ここ1番」で何度煮え湯を飲まされてきたか、ホークスファンなら分かっていただけると思う。千葉マリンは他の球場と違い、あのライトスタンドが独特の雰囲気を演出している(この雰囲気に勝るものを作り出せるのはタイガースくらいか)。並の投手ならばその雰囲気に飲まれてしまうもの。ましてやプレイオフ。昨年最終戦で出場を絶たれたその悔しさ、今季限りで引退を表明したミスターロッテ・初芝を「胴上げ」して「男泣き」させる「ロッテの夢」を実現させる、色んな感情が入り混じった結果として、ただでさえビジターチームにプレッシャーとなる千葉マリンが、今日は内野席の2階まで真っ白に染まるほどだった。その盛り上がり方はテレビ観戦している私でも感じることが出来たくらいだ。しかし、そういう雰囲気であるからそこヤツは絶対にヘマをしないだろう。夏の甲子園優勝をノーヒットノーランで決めてしまうような「怪物」なのだから。

松坂は私の予想通り、ライトスタンドからのブーイングや大音声の「リーリーリー」野次などどこ吹く風、堂々としたピッチングを披露した。だが、セリーグ覇者を上回る勝率を誇る2位チームと、その2位から20ゲーム離されて勝率5割を割ったチームの差なのだろうか、松坂が退いた後に登板した三井が3連打を浴び、それが決勝点となってしまった。試合後、解説の伊原春樹は両者の守備力の違いを盛んに強調し、ライオンズはこれからどうすればいいのか、というアナウンサーの問いに「とにかくやるしかないでしょ」などと言い放っていた。いかな伊原でも匙を投げたくなるほど両チームの自力の差がある、ということなのだろうか。

明日の先発は西口と小林宏。「エース」西口の意地が見られるか。そして明日の地上波はテレビ朝日が同日録画で放送するそうだ。今日よりは若干マシだが、インターネットが普及している現代における同日放送など、「ちゃんとパリーグも大切にしてますよ」というテレビ屋のエクスキューズにしか思えないのは私の勘ぐりすぎだろうか。

2005年10月 3日

2005年ドラフト会議

ネットで今しがた結果を確認したが、個人的には最悪の展開。陽はファイターズに持っていかれた上に、辻内はよりによってジャイアンツへ。まぁ辻内自身に罪はないので、頑張っていただきたいと思うし、ジャイアンツにはこの逸材をしっかり育てて欲しいものだ。高校卒でエースに恥じない成績を残したジャイアンツの生え抜き投手は、斉藤・槙原・桑田の「三本柱」以降出現していないはずなので、非常に不安ではあるのだが。

それにしても今回改正されたドラフト制度、本当に「戦力の均衡」につながるのだろうか。大学人・社会人ドラフトで希望入団枠(今までの自由枠)を行使した球団にも、高校生ドラフトの1巡目を与えられるというのでは、戦力の不均衡が広がってしまうのではないか。高校No.1投手と、大学No.1投手(と言われているが、本当のところは分からない)が揃って同じ球団に入団してしまう事態になることは、今回のジャイアンツが実例を示してくれた(個人的に、辻内と福田にはイーグルスへ行って欲しかったくらいだ。FA取得期間を現行の3分の2にしてでも)。「希望入団枠を行使した球団には、高校生ドラフト1巡目の指名権を与えない」とするだけでもずいぶん印象は変わっただろう。

今の制度も暫定的なものだという話を聞いたことがあるので、さっそく来年からもっと戦力が均衡するよう改正するべきだろう。ただそのためには、「逆指名」導入に熱心だったあのオーナーをいかに打ち破るか、という現在の日本プロ野球界が抱える一番困難な問題に直面してしまうわけなのだが…。

2005年9月20日

vs千葉 第18回戦(千葉マリン)

風邪もようやく治ったので、千葉在住マリサポの友人Kと首位決戦を観戦。レフトスタンドに陣取ったのだが、ライト側に近かったためか周りはだいたいマリサポ。軽くアウェイ状態。

軽く試合内容に触れておくと、クリーンナップの前にランナーが溜められない、ランナーが溜まってもホームに返せない、松中が4回、6回にホームランを放つも単発、ようやく打線が繋がりタイムリーが出ても3点ビハインドの最終回では意味がない、といった具合にホークスの拙攻が目立つ試合だった。

これで2連敗。首位決戦後はライオンズ戦が控えていて、西口・松坂が確実に登板してくることを考えれば、2連勝して5.0差を保っておきたいのだが・・・。今日初めてアウェイの立場でマリサポと対峙したが、物凄い迫力だった。流石、プロ野球応援団で唯一「サポーター」と形容されるだけのことはある。関東圏じゃ唯一無二だろう。

名物(?)モツ煮込み

ラッキー7のライトスタンド

2005年8月24日

プレーオフの是非

「こんな理不尽な結果、受け入れられるか!!ライオンズとは4.5ゲームも離れてるんだぞ。それがたったの5戦でどうして覆るんだ!何のためのペナントレースなんだ!」

いちホークスファンとして昨年のプレーオフ制度に対して抱いた感情は以上の通りである。別にプレーオフ制度そのものが不要である、というつもりはない。問題なのは、現行のプレーオフ制度だとリーグ一位であることに全く価値が見出せない点だ。具体的な中身に触れていき、リーグ1位の価値を貶めないプレーオフ制度を考えていこうと思う。

プレーオフには2つのステージが存在する。


  • 2位と3位が争う第1ステージ(全3戦、2勝先取)

  • その勝者と1位チームが争う第2ステージ(全5戦、3勝先取)

  • 1位チームが2位以下に5ゲーム以上ついていれば1勝のアドバンテージ

プレーオフの是非を考えていくと、上位チームにどういったアドバンテージを与えるのか、という議論に行き着く。現行の制度で一番疑問なのが、「5ゲーム=1勝」がどうやって導き出されたのか、という点だ。「1ゲーム差=1勝」と考えれば、与えられるアドバンテージは5勝であってしかるべきだし、1ゲーム以上離れていればアドバンテージ1勝、2ゲームならば2勝、とならなければ意味がない。無論1ゲーム離すごとアドバンテージを与えられてはプレーオフ制度を行う意味はない。私が提案するアドバンテージはこうなる。

「2.0ゲーム差ごとに1勝のアドバンテージを与え、1位と2位の差が6ゲーム以上、2位と3位の差が4ゲーム以上離れた場合はプレーオフを行わない事とする。」

現在のパリーグの順位に当てはめれば、マリーンズはプレーオフ実施の為に6ゲーム離されないことが至上命題となる。「これでは1位チームが優位過ぎるのではないか?」「下位チームは結局消化試合になるのでは?」という声も聞こえそうだが、今年のようにあまりにゲーム差が離れているチームに、プレーオフに出場する権利を与えろというのだろうか。それこそ1位の価値を貶める行為そのものだ。第一、消化試合そのものがなくなることはない。それならば負けが込んでもスタジアムに来てくれるようなチーム及び環境作りに尽力するべきだし、昨年の球界再編で議題となった「戦力均衡」を本気で取り組むべきだろう。

聞けばセリーグでもプレーオフの導入を検討しているのだとか。現行の制度をそのままセリーグにも適用するというならば反対である。今オフにはリーグ1位のアドバンテージをもっと与える方向で制度の抜本的見直しをするべきである。何もホークスファンだから言っているのではない。あとに続く日本シリーズを気持ちよく観戦したいだけである。

2005年7月28日

私的オールスター改革案

Wikipediaによれば、第一回目のオールスターは1933年アメリカのシカゴで開催されたという。ヤンキースの主砲ベイブ・ルースとジャイアンツのエースだったカール・ハッベルの対決は、所属リーグが違うためにお互いのチームがワールドシリーズに出場しなければ見ることができなかった。そこで、シカゴの地元紙『シカゴ・トリビューン』のスポーツ担当編集者であったアーチ・ウォードが球界関係者に働きかけ、同年シカゴで開催されていた万国博覧会の記念行事という形で行われたそうだ。交流戦などなかった時代、オールスターは読んで字の如く「夢の舞台」だったのだろう。

今の日本でオールスターを「夢」だと言える人はどれくらいいるのだろう。ここ数年、私にとってのそれは花試合以上の価値を見出せなくなってきた。何年も1軍での登板機会がない投手がファン投票で1位に選出され、組織票によって特定球団の選手ばかりがファン投票で選出され、「お祭り」だからと試合には緊張感の欠片もなく、直球勝負が真剣勝負だと言わんばかりにメディアが選手を煽る。こんな試合のどこに「夢」を感じろというのか。

ただ、「彼」の行動にはオールスターを盛り上げようとする意識を感じる。パリーグ消滅の危機に瀕した昨年は久々にオールスターが輝いて見えた。パリーグが連勝し、MVPとなった「彼」が発した「これからはパリーグです」という言葉に、どれだけのパリーグファンが救われたことだろう。今年も自前でユニフォームを作ってみたり、黄金バットで出場したりと、頭の固い老人達から「真剣にやれ」などと非難されかれないパフォーマンスを披露していた。おそらく「彼」はオールスターを盛り上げるために真剣にやっているのだろうと推測するのだが、なにぶん「天才」の考えることはよく分からないのでスポーツジャーナリストには是非とも「オールスター」というテーマで「彼」にインタビューもらいたいものだ。

さて、オールスターを盛り上げるために何が必要か。まず、横行する組織票防止のためにファン投票に「1球団野手2人、投手1人」といった制限を設ける。現行の2試合制を1試合制にしてプレミア観を演出し、開催する球場は生で観戦する機会に恵まれない県(具体的に言えばホームチームを持たない県)にする。チケットは全てを開催する県で先行販売し、余りを一般枠にする。縁もゆかりもないチームの公式戦を見るよりはよっぽど面白いだろう。そして、MLBに倣って「オールスターで勝利したリーグが日本シリーズでのホームアドバンテージをもらえる制度にする」というのはどうだろうか(今年のオールスターの結果を当てはめると、日本シリーズ第1・2・6・7戦目はセリーグ優勝チームのホームで行われることになる)。少なくとも優勝の目があるチームの選手は今より真剣にプレイするだろう。

オールスターの改革案を色々書き連ねてみたが、オールスターの醍醐味が「個人vs個人」であることは否定できない。私も桑田vs清原、松井稼頭央の足vs古田の強肩、松井秀喜vs松坂、イチローvs佐々木、渡辺正和vsジャイアンツ打線等、興奮しながら観戦した記憶はいくらでもある。であるからそこ、オールスターが花試合と化し、休養と称して出場を辞退するような現状が悲しいのだ。公式戦のようにとは言わないが、一球たりとも見逃せない熱い試合を私は見たい。選手と選手のプライドがぶつかり合う、それがオールスターの原点なのではないか。

2005年7月 8日

誰がための「天覧試合」

私は長らく長嶋茂雄が嫌いだった。ひねくれた性格だったこともあるが、何かにつけて「長嶋」「長嶋」と姦しいメディアの姿勢にうんざりしていたし、よく泣くことで有名なギャンブル好きの某タレントが、ジャイアンツ以外のチームをよく知りもしないくせにこき下ろし、ジャイアンツというチーム以上に長嶋を「崇拝」している姿に辟易していたこともある。程度の差こそあれ、長嶋に対するネガティブな感情はリアルタイムで長嶋の活躍を見ることの出来なかった世代に共通するものだと思う。

だが、時が経つにつれて長嶋本人をさほど否定的に捉えなくなった。非難されるべきは長嶋本人ではなく、「長嶋茂雄」という名前を出すことで思考が停止してしまう輩、長嶋の人気を利用して己の飯の種にしようと目論む卑しい輩であることに気づいたのだ。監督辞任を「勇退」と書き換え、「終身名誉監督」なる訳の分からない名誉職を作り、監督としての能力には疑問があるにもかかわらずアテネ五輪の監督に就任、脳梗塞で倒れてもチームは「長嶋JAPAN」などと形容され、球界再編騒動の際などは「長嶋さんがもし倒れていなければ、こんな事態にはならなかった」などという珍妙な論を見たこともあった。

一体野球界はいつまで長嶋茂雄という偶像を崇拝しているつもりなのだろうか。先日彼が東京ドーム観戦した際の映像を見たが、完治と言うには程遠い状態だった。そんな状態の長嶋を何故、しかも今の時期に担ぎ上げる必要があったのか?しかも、姿を見せたことをいい事に、「北京五輪の代表監督」「プロ野球のコミッショナー」などという暴論まで飛び出す始末だ。もういい加減にしてくれ。もうすぐ70歳になろうかという老人に、プロ野球界の未来を託すなどジョーク以外の何物でもない。

「今のプロ野球界には、長嶋さんのようなスターがいない」なんてことをよく聞くが、正直彼のような存在は今後二度と現れないだろう。そもそも「スター」とは作ろうとして作れるものではない。幾多もの偶然と、言語化できない時代の「空気」が重なったときに生まれるものなのだ。長嶋茂雄は、野球が国民にとって数少ないスポーツエンターテイメントのひとつだった時代だからこそ生まれたスターだ。もし本気で長嶋級の選手を生み出そうと思うのなら、「困ったときの長嶋頼み」を即刻止めて、現役選手の活躍に目を向けたほうがいい。それができないのなら、野球人気の回復など口が裂けても言わない方が身のためだ。

2005年5月17日

「ダイエーホークス」と私

「永田ラッパ」こと永田雅一が要求しはねつけられてから30年以上、プロ野球史上初の交流試合が開催された。私も先日横浜スタジアムと神宮球場をハシゴしたり、東京ドームでのジャイアンツ対ホークスのチケットを抑えたりと、大いに楽しんでいる。ただ、「こんなに面白いんなら早くやっておけばよかったのに」と発言するのは少し控えたほうがいいだろう。昨年下手をすれば交流試合なんて発想そのものが必要なくなる恐れがあったのだから・・・。

昨年の騒動を経て、今年のパリーグは3つの新球団が誕生した。バッファローズとブルーウェーブの合併によって誕生した「オリックスバッファローズ」、出来レースと揶揄されながらも楽天が仙台に創設した「東北楽天ゴールデンイーグルス」、そしてダイエーの球団売却によって誕生した「福岡ソフトバンクホークス」。私は、ホークスが福岡に移転した年からのファンなので、この15年間「ダイエーホークス」と聞いて周りがどんなイメージを持っていたのか、それがどう変わっていったのかをつぶさに見てきた。最初の5年はあまりに弱かったために「球界のお荷物」扱い。だから仲間内で野球の話をするのが本当に辛かったのを覚えている。話の流れで必ずホークスの弱さをからかわれ、弱い球団を応援している私への人格攻撃につながり、顔を真っ赤にして(時には悔し涙を流しながら)「いつか見てろ!」と言い返したものだが何のカウンターにもならずにむしろ煽り返される。そんなパターンが確立していた。次の5年は根本陸夫氏の功績によって戦力も揃ってきて、優勝候補に挙げる解説者も現れ始めた。そして最後の5年は、ジャイアンツ・タイガースに次ぐ人気球団となり、ペナント争いの中心として語られるようになった。「九州の球団だから」という1点突破でファンとなった私ですら色んな思い出があるのだから、地元・福岡には私以上に思い入れのあるホークスファンが沢山いることだろう。

大阪から福岡に移転したとき、大阪に残された南海ホークスファンはその後どうしたのだろうか。私の周りに南海ファンがいないので何とも言えないが、「南海」から「ダイエー」に変わったことでホークスにコミットできなくなったファンは確実に存在するだろう。何故なら移転もせず、大多数の選手がそのまま在籍し、親会社が「ダイエー」から「ソフトバンク」に変わっただけなのに、私は昨年までのようにホークスを応援できなくなったからだ。具体的な例を挙げると、「いざゆけ若鷹軍団」を歌う気力がなくなった、黄色いメガホンを持ってダンスを踊ろうという気概がなくなった、どうしてもあのユニフォームが許せない、等々・・・。勿論ホークスファンを辞めるという事にはならないし、チームが勝つと嬉しい気持ちは変わらない。それでもソフトバンクホークスに感情移入できないのは確かである。もうホークス側の外野席に私の居場所を見つけることはできないのかもしれない。差し当たっては「FDH」のロゴが入った松中のレプリカを着て、内野席でコミットする方法を模索していきたいと思う。

親会社の業績がどうであれ、未来永劫球団を保有し続けるのならば球団名に会社名を入れることも可だと思う。それが出来ないのなら、「地域プラスチーム名」で呼称を統一したほうがいいのではないだろうか。こんなことは有り得ないが、阪神電鉄がタイガースの所有を放棄したとき、私のような葛藤を抱えてタイガースにコミットするか思い悩む人は激増するだろう。逆に「読売ジャイアンツ」から「東京ジャイアンツ」に変わったときはファンが増えそうだが・・・。

2004年9月15日

理想

前回の文章は、9月11日にストライキが間違いなく実施されるという前提で書き上げたものだ。選手会側はバッファローズとブルーウェーブの合併凍結を求め、経営側は有り得ないと言っているのだから話し合いを持ったところで平行線に終わるだけだ。超法規的に何かと評判の悪いライブドアを新規参入させて 12球団を維持させるくらいしかスト回避の道はないが現実的に有り得ないだろう。ならば11日のスト実施は不可避なのではないかと思ったのだ。結局経営側が譲歩したということでストが回避されたのはご承知の通りだが、その対応は目先のストをかわすためだけのポーズだった、と見るのが大勢のようだ。今週末のストライキに関してはどうやら避けられそうもない状況だ。

さて、プロ野球界が重大な岐路に立たされているのは異論のないところであろう。それに伴って旧態依然としたシステムを改革すべく様々な提案がなされている。交流試合の実施、完全ウェーバー制とそれに伴うFA権取得の条件短縮、サラリーキャップ制による年俸総額制限、コミッショナーの権限強化、放映権料の分配、新規参入に対する門戸開放・・・・・・。心あるファンならばどの提案も聞いたことがあるものだろう。しかしながら、これらの提案が実現する可能性は限りなくゼロに近い。誰一人これらのシステムを導入する手段を持たないからだ。

プロ野球の経営には金がかかる、と言われる。それならばサラリーキャップ制を導入すれば右肩上がりに上昇する年俸に対する歯止めがかかるではないか。完全ウェーバー制を導入すれば、財政をかなりの割合で圧迫すると噂されている逆指名選手への裏金などは廃止できるではないか。戦力の格差が埋まれば、弱小球団と言われるチームでも優勝争いに食い込める確率が上がり、結果としてファンが増え、観客も増えはしないだろうか。私はホークスファンになってそろそろ15年になるが、体感として弱かったことよりも確実にファンは増えているし、イチローがいたころのオリックスはかなりのファンが存在したように思う。球団が赤字をなくしたいというのなら、「たかが」ファンの理想論にも聞くべき意見は存在する。にもかかわらずそういった意見には一切耳を貸さず、何のデータも示さずに「球団を減らせば上手く行く」と説明する。全く不可解な話である。

9月中にストライキが行われた場合、パリーグ覇者を決定するプレーオフやその先にある日本シリーズの開催が危ぶまれるというが、この言質も穿った見方をすれば、経営側がプレーオフと日本シリーズを人質にして選手会のストライキ実施を阻止しようという魂胆が見え見えである。前回「我々ファンは試されている」と書いたが、その状況は今も変わっていない。いやむしろマリーンズやファイターズのファンにとってはますます過酷な状況になったとも言えるし、三冠王になる可能性が高まっている松中信彦のファンである私にとってももそれは同じである(ファン暦15年目にして初めて買ったレプリカユニフォームの背番号は「3」である)。他のファンがどう考えるかは知らないが、仮にストが実施されて労使交渉が平行線を辿り、今シーズンのペナントレースが中止されて松中信彦の記録が参考記録として後世に語り継がれる事態になったとしても、私は選手会の決断を支持する。それが私なりの意思表示だ。

勝谷誠彦は「経営者が一番恐れているのはファンが試合を観に行かないことだ。ならば選手会に倣ってファンも観戦ストライキをするべきだ」と述べている。私も合併騒動が持ち上がったときだったか、某オーナーが「たかが選手」と発言した時だったか定かではないが、似たようなことを周りの人間に言っていた時期がある。それは「来シーズン、前売及び当日券を買ったファンは球場前で皆破り捨て、球場に足を運ばないことで抗議の意思表示をしよう」と。ニュアンスは若干異なるが、ファンが何らかの形で経営側に意思表示をしよう、という点では一致する。我々には理想がある。しかしながら理想を現実へと変える手段がない。このまま日本のプロ野球が一部の人間によって動かされるというのなら、観戦ストライキを実施するしかないのかもしれない。それが我々ファンに残された唯一の手段というのならば。

2004年9月 6日

終わりの始まりか、偉大な一歩か

プロ野球界初のストライキが秒読みに入っている。選手会側は、バッファローズ・オリックスの合併を1年間凍結してその是非について協議すると共に、加盟料・参加料の撤廃、ドラフト改革や収益分配策の具体的検討を要求、これが9月10日午後5時までに受け入れられない場合は、9月11日以降の毎週土日に行われる全公式戦を対象にストライキを実行する、という声明を発表した。現時点で球団側がこれらの要求を受け入れる可能性はほぼゼロに等しい。「9・11」といえばWTCに飛行機が突っ込んだあの日を連想する人が圧倒的だと思うが、日本の野球ファンにとっては「9・11」が「日本プロ野球界初、ストライキが実行された日」と記憶されることだろう。

ストライキに関する様々な意見が出ているが、各球団関係者を始めとするストライキ不支持派に共通する意見は以下のような感じである。「ストライキを行なえばファンを失望させ、野球人気が下がる」「高額年俸を貰っている身で「労働者」と呼べるのか」「ストを行なった場合困るのはファンではなく、年俸の低い二軍選手だ」「きちんとした話し合いをしてストライキだけは回避するべきだ」…。まるでストライキを行なえばこの世の終わりが来るかのようだし、「お上の決定には逆らうな」というメンタリティーが見え隠れしているようだ。確かにメジャーリーグにおいて1994年8月から翌年3月までという長期ストライキを行い、結果として野球人気の低下を招いたのは事実であるが、それはファンの多くが「選手側が金の為に身勝手なストを起こした」と言って選手側を支持しなかったことが大きい。では日本で行なわれようとしているストはどうだろう。ファンの存在を無視し、己の利益の為だけに動いているのはむしろ経営者側ではないだろうか。しかも人気回復を図るべくメジャーの採った手段は「交流戦の実施」と「球団の増設」である。人気維持の為に球団数を減らし、新規参入に対して敷居が高い日本とは正反対である。

プロ野球70年の歴史は経営者側の都合で選手が振り回された70年、といっても過言ではないだろう。もしストライキが行なわれるとするならば、それは旧態依然とした、歪なシステムの上に成り立つ日本プロ野球を改革する第一歩であると考える。プロ野球ファンは試されているのだ。目先の試合さえ見られればそれでよしとするか、はたまたプロ野球が末長く愛されるための戦いを支持するかだ。先に紹介したが、ストライキを行なって一番困るのは当の選手であることは間違いない。だからといって、経営側の決定に一切口を挟まずに粛々と従え、などとは口が裂けても言えない。団野村を主人公としたロバート・ホワイティング著「海を越えた挑戦者たち」の最後は権藤博のこんなコメントで締められている。「プロ野球と関わって40年経つが、ただひとつだけ確かな事は、プロ野球は 40年前から何も変わっちゃいない」と。今回のストライキがプロ野球変革のきっかけになることを切に願うばかりだ。

2004年8月28日

野球は誰のものか

とあるスタジアムでの風景。ひいきチームの選手がホームランを打つ。歓声に湧くスタジアム。3アウトチェンジ。攻守交替の合間に先ほどホームランを称えて選手の名前が連呼される。それに答える形で帽子を取り軽く手を振る。歓声に沸くスタジアム。

私が好きなスタジアムの風景はいろいろあるが、1番を挙げろと言われればこれになる。スタジアムで野球を常日頃から観戦している者にとってみれば、当たり前の光景として取られるかもしれない。ではなぜこの場面なのか。それは、どれだけスポーツを愛していても直接ファンが選手と触れ合える機会というのはほとんど訪れない。だから例え社交辞令であろうとも、選手がファンの歓声に答えてくれる場面を個人的には大切にしたい。そういう心境があるからそこの1番なのだ。

子供の頃からスポーツが苦手だった私にとって、ジャンルを問わずプロスポーツ選手に抱く感情は「憧れ」である。キャッチボールもろくに出来ない、インステップキックもろくに蹴ることが出来ない、跳び箱もろくに跳べない、足もそんなに速くない・・・・・・そんな子供だった。高校に入った辺りから極度の運動音痴ではなくなったがスポーツ選手への憧れは消えることなく、逆にますます強くなっていった。今私がこうやってスポーツに関する文章を書いているのも、沢木耕太郎や山際淳司を読んで私でも「憧れ」の世界への居住チケットを手に入れることができる、と思ったからだろう。

今年のプロ野球はスタジアムの中よりもその周辺の話題にスポットが当たっている。確かにこれまでも周辺の話題が新聞を賑わすことはよくある話だったがそれはゴシップの1種として消費される程度であった。ところが今年はゴシップという枠を飛び越えて社会問題として語られるようになってしまった。子供の頃から一貫して見続けてきたスポーツであるため、プロ野球選手に対する「憧れ」は相対的に見て強い。そんな私がとあるオーナーの「たかが選手が・・・」という発言を聞いてどう思ったのかは推して知るべしである。選手ですら「たかが」なのだから、某オーナーからしてみれば私のような単なるファンがどんな認識なのだろうか・・・。

「帯をギュっとね」という柔道漫画がある。この漫画の「あとがきにかえて」という文章には以下のような言葉がある。「私はこの作品を私の父に捧げます。父は、講道館柔道5段を持ち、余暇を使って17年間、小さな町で小学生に柔道を教えていました。この作品の重要な協力者でありまたなにより熱心な読者であった父は、この作品の完成を見ずに、平成4年11月に亡くなりました。日本の柔道の底辺は、何万人という父のような無名の柔道家たちの地道な努力によって支えられているということを皆さんの記憶の片隅にでも留めて頂ければ幸いです。」

私の友人には小中高と野球を続けてきた男がいる。その友人がどうやって野球と出会ったのか。それは父親の存在だという。彼の父親は若かりしころ国体の県代表として選出されたくらいの実力者だったそうだ。そんな父親の子が野球と触れ合わないわけがなく、まさに青春の多くを野球に費やしたといっても過言ではないだろう。昨今の騒動で彼も彼なりにいろいろと考えるところがあるらしくメールでいろいろ意見を交換しているのだが、この前貰ったメールには彼の父のことが書いてあった。自分の子供が成人した今でも彼は地元小学校のソフトボールクラブで教えているらしく、近所に悪ガキがいると聞けば60円のアイスを片手に勧誘しているそうで、週末には子供のほうから練習のお誘いが来るのだともメールには書いてあった。

プロ野球はプロの選手とそれを見るファンが支えている。では野球そのものは一体誰のものなのだろうか。それはきっと彼の父親のような沢山の無名選手達のものなのだろう。野球界の頂点たるプロ野球は、そんな無名選手達という土台があってそこ光り輝いているのだ。プロの改革ばかりが声高に叫ばれているのが現状だが、これと平行して大局的な視点から「底辺拡大のための方法論」を語るべき時期に来ているのだ。「観る」野球ではなく、「する」野球への転換。それなくして野球の繁栄は望むべくもないだろう。